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成人式&鏡開き

小寒に入り幾分冬らしさを感じたのもつかの間、
暖かな日が続く今年の一月。
今日は、お正月飾りを片づけ、
鏡餅を開いてお餅を焼いて、ぜんざいを作りました。
暮れに買い込んだ残りものの野菜を刻んで、カレ―も作りました。
それにしても、季節感や文化的な家庭行事が少しずつ少しずつ…、
形を変えて薄らいで行くように感じます。
我が家の嫁の内の一人は、お餅が嫌いだとか。。。。。
だから、そもそも、お雑煮を食べません。
039.gif 025.gif 005.gif /// それこそビックリポン!・・・ですが、
これも仕方ないのかな???って、感じています。
私はと云えば、
体調を崩し、入院までしてしまって、全くドタバタした昨年の暮れでしたが、
新たな年と、皆の手助けをもらって、何とか元気を取り戻しました。
お陰で、一昨日まで、大阪で開催された日本ゲシュタルト療法学会の
大会に参加してくることが出来ました。
前日の理事会では、温度調整の効かない部屋に夜9時までの缶詰め状態で、
ヘトヘト感が残りましたが、
希望していた哲学「現象学」の考察は、メチャクチャ面白かったです。
完全にハマってしまいました。

高校時代から哲学が最も好きだった私は、今ここに来て、
心底「哲学」の方が圧倒的に面白く、自分には向いている、と感じています。
宗教学と心理学を含んで越えて、結局ここに戻って来たんだ!と実感します。
しかし、
「上求菩提下化衆生」の教えに触れて、カウンセリングを道に選んだ自分の生き方は、
それを歩む道々の中で、たくさんの学びや気づきを与えてくれました。
「現象学」は、心理学の視点とは異なる視点を持つところが大変面白いです。
それは、脳科学、自然科学、等と綿密に関連しながら、随意運動と付随意運動、
情動交換の重要性を認めつつも、相互交流的同時性を否定します。
時間軸上には、「過去、未来、現在」という時点は見つけられず、
実感する時間は元には戻せない、では、
この実感はいかにして「実感になっているのか」と、現象学では問い続けます。
メチャクチャ面白いでしょう!?!?!
赤ちゃんが、キョトンとするあの瞬間、赤ちゃんは、「無い」ことが有るんだということを
見つけた瞬間なのだというのです。
これらは、いずれも脳科学実験を基に導かれてきたものです。
これについて、
簡単には語りきれませんが、
又後日、当センターの研修講座の中で、時間を作ってお伝えします。
この日、
それまで、ゆっくり休みが取れたおかげで若干柔軟になっていたであろう
私の脳みそに、この度の「現象学」の理論は、沁み込むようにス―ッと入って来ました。
傲慢さを引き算しても、恐らく相当理解出来ていたと思います。
よって、
チャンスがあれば、暫くもっと踏み込んで、
ドイツミュンヘン帰りで、日本国内の同哲学者たちからは若干浮いていると自称する
この山口先生に、ドップリハマってみたいものだと、
「現象学」をもう暫く学びこむことを今年新年の願いにすることとしました。


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by h-c-c | 2016-01-11 14:33 | Comments(0)

戦争・テロ・芸術

被爆70年。終戦70周年。控え待つオリンピック。
それでも尚、今だ消せない憎しみの連鎖。
戦争は地域紛争から、
更に今またテロと云う、いかようにも正体の掴めない
不気味なものに姿を変え、人間への精神的挑戦を試みる。

綺麗事かもしれない。
嘘っぱちに聞こえるかもしれない。
絵空事の理想論だと一笑されるのが、おちかも知れない。
それでも、敢えて言いたい。
「愛」しかない。
「愛」に始まり、その『愛』を弛まず流し続けるしかない。
「赦しの愛」「育み待つ愛」で緩やかに包み込む。
理想を具現化して行くことは容易くはないが、決して不可能ではない。
私たちは、今こそそれを試されているのではないだろうか。
怒りに憎しみで応酬しても、そこには破壊と行き詰まりしかない。

芸術家たちは、これまで如何に戦争や差別に向き合ってきたのだろう。
武器ではなく、絵筆を持て。
武器を捨てて、ペンを取れ。
怒りは、旋律に載せ、音に彩らせろ。
それらの表現こそが、その人の命の表現そのものであり、生き方そのものと成る。

貧困からの苦しみに絶望感を抱く人、夢も希望も持てず、失うものは何も無いと、
向こう見ずに玉砕化の行為に走る人たちには、教育とチャンスを。
今こそ、
人間が獲得して来たこれまでの智慧の力を、能動的な智慧として使い切る。

テロや恨みや憎しみを、武力や空爆で根絶やしには出来ない。
「愛と祈り」は、そんなにも信頼できないものだろうか???
それでも、私は信じたい。

馬屋原 眞美子


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by h-c-c | 2015-12-08 19:43 | Comments(0)

戦争・テロ・芸術

被爆70年。終戦70周年。控え待つオリンピック。
それでも尚、今だ消せない憎しみの連鎖。
戦争は地域紛争から、
更に今またテロと云う、いかようにも正体の掴めない
不気味なものに姿を変え、人間への精神的挑戦を試みる。

綺麗事かもしれない。
嘘っぱちに聞こえるかもしれない。
絵空事の理想論だと一笑されるのが、おちかも知れない。
それでも、敢えて言いたい。
「愛」しかない。
「愛」に始まり、その『愛』を弛まず流し続けるしかない。
「赦しの愛」「育み待つ愛」で緩やかに包み込む。
理想を具現化して行くことは容易くはないが、決して不可能ではない。
私たちは、今こそそれを試されているのではないだろうか。
怒りに憎しみで応酬しても、そこには破壊と行き詰まりしかない。

芸術家たちは、これまで如何に戦争や差別に向き合ってきたのだろう。
武器ではなく、筆を取れ。
武器を捨てて、ペンを取れ。
怒りは、旋律に載せ、音に彩らせろ。
それらの表現こそが、その人の命の表現そのものであり、生き方そのものと成る。

貧困からの苦しみに絶望感を抱く人、夢も希望も持てず、失うものは何も無いと、
向こう見ずに玉砕化の行為に走る人たちには、教育とチャンスを。
今こそ、
人間が獲得して来たこれまでの智慧の力を、能動的な智慧として使い切る。

テロや恨みや憎しみを、武力や空爆で根絶やしには出来ない。
「愛と祈り」は、そんなにも信頼できないものだろうか???
それでも、私は信じたい。

馬屋原 眞美子


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by h-c-c | 2015-12-08 19:42 | Comments(0)

Paradox:パラドックス

この世は矛盾の内に在り、真理は逆説に埋もれている。
幸福は求める程に遠のき、追い求めたとて手中には得られず。
生きる目的は何か? と、問われる時、、、、、。

この問いに敢えて応えようとするならば、
それは、
自分を成長させて、世に奉仕還元し、
世に奉仕務めることで、自らを成長させて行く。
この循環に尽きるのではないか、、、、、。 と、応えたい。
これが、現時点での未熟な私の考えている事である。

b0122085_20465685.jpg 他者の評価を気にして、自身に過剰な反応を示す人の場合、
 己自身の内側に支柱が立っていないことが多い。
 己の内に自身の軸が立っていないのだ。
 そうした人は、
 常に何かに脅え、動揺しやすく、防衛の砦についつい逃げ込む。

 他者は誰も、あなたのことばかりを見てはいない。

 人はそれ程暇ではない。

 見ているか見ていないか分からない他者の視線を気にするより、

 自分の方から相手を見ることに努めた方が余程ましだ。
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by h-c-c | 2015-07-15 20:54 | Comments(0)

時間は公平。
どう過ごそうと1時間は1時間、一日は一日。
社会に組み込まれ、一応の大人として生きてるからには、
確かにそうそう自分勝手には出来ないことだってある。

でも、
それでも、
精神はいつも自由だ。
心の持ちようまでは、誰にも侵されたくはない。

心の在りよう、気持ちの持ち方、精神の自由を大切にしていれば、
いつでも、どこへでも、飛んでいける。
ゆったりと、
のびのびと。

私の心は私のものだ。

それによって過ごす時間は姿を変える。
その積み重なりが人生ならば、
私の時間は、私が引き受ける。
だって、私の人生は、私のものだもの。

今日という日は、もう戻らない。
泣いても怒っても、しょげていたって、イライラしたって・・・。
時間は関係ない顔して、容赦なく過ぎて行くんだから・・・。
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by h-c-c | 2015-03-20 19:07 | Comments(0)

今の私は、私が想い描いていた時間の過ごし方をしていない。
私の方が、時間に振り廻されている。
時間は容赦なく私に降り注ぎ、過酷に私を追い立てる。

やるべきこと、やらなければならないことが多過ぎて、
ここ最近、深夜2時過ぎてから就寝する日が続いている。
それでも、何十年もの間に習慣化し、身体が覚えたサイクルで、
朝6時には必ず目が覚めてしまう。
一日が長い。
しかし、昼間、ボーっとする。

人によっては、これを充実していると言うのかも知れないが、
私は、絶対に嫌だ。
時間に振り廻されている感覚が否めなくて、虚脱感がある。

仕事も、プライベートも、母に関わる時間の過ごし方も、
私の体調や、私の希望にお構いなしだ。
何だか擦り減っていく感じがする。

歳を重ねたら、ゆっくりと自分で自分の時間を組み立てて、
ゆるやかな時間に身をゆだねながら時を過ごしたいと、
ずっとずっと願っていたのに。。。。。

なぜだか日ごとに忙しく、慌ただしくなってくる。
何処でどう、何を間違えて、こんなふうになったんだろう???

もう少しのんびりしたい。。。。。
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by h-c-c | 2015-03-14 08:20 | Comments(0)

飛び立つ場と戻れる場

科学は益々進化(?)する。
もはや、宇宙飛行士として特別な訓練を受けなくても、
一般人が、宇宙船に乗って地球を飛び立てる日は夢でなくなった。
今居るここから旅立ちたい。。。
飛び出して自由に羽ばたいてみたい。。。
こんなところから逃げ出したい。。。
・・・・・
そう。。。、人は時々、、、そう思う。。。
地球を飛び立つ宇宙飛行士は、安心して戻れる地球が在ればこそ。
長旅の旅行に出かけたとしても、戻ってくつろげる自宅が在るから。
飛び立つ場が、安心して踏み切れる場であることが、
私たちを次の一歩に向かわせてくれる。

宇宙に飛び出したはいいが、戻れるはずの地球が無かったとしたら、、、。
旅行に出てはみたものの、
戻って行けるはずの自分の住処が無かったとしたら、、、。

外にばかり目を向けて、
進歩ばかりを追いかけて、
肝心な足元が疎かになってしまうと、
地球だって、いつまでも今のような安心した星ではなくなってしまう。

自分の住処の小さな足元、、、家庭、、、家族、、、。
ご近所さんとの小さなコミュニティ、、、。
住み慣れた地域、、、。
国、地球、、、。
・・・・・
私たちが、大事にしなければならないものって、
本当に大事なものって、、、あなたは、何だとお考えですか?

安心して飛び立つ場は、安心して戻れる場でもあるはずですよね。

幾ら経済発展したって、自国には住めない、住みたくない、と言って、
海外に土地を買い込んで移住をもくろむ一部の中国人たち。
自分たちは、絶対に食べない!
と言うような物を平気で海外輸出する中国人の在りよう、、、。
これって、どういう事なんでしょうか???
結局のところ、全ては自分自身に戻ってくる事なのに。。。
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by h-c-c | 2014-08-22 11:02 | Comments(0)

命ある限り道半ば

それぞれの時に、それぞれの結果は確かに出るけれど、
決してそれが、完全なる結果ではない。

  金メダルは目標だが、
  人の心を振るわせるものは、
  金メダルだけじゃない。
  感動、感激、その記憶は、見知らぬ人の力に変わる。


何度でも、何度でも、立ち上がれ。
何度でも、何度でも、やり直せ。
諦めない限り、道は続いて行く。
生きている限り、命ある限り、
いつでも人は、道半ば。
諦めない。
自分が決めた道だ。
自分が選んだ道だ。

在りたいようにあればいい。
したいことをすればいい。
したくなければしなくてもいい。
他者のためでなく、自分のために生きろ。

確かにそれも一理ある。・・・かも知れないが・・・、

しかし、多くの人の魂を揺さぶるあの感動は、
一体何処から生れると考えるか。
それは、決して、
在りたいようにあるばかりの生き方からは生れない。

生き抜くことは、簡単じゃないが、生き抜くことは素晴らしい。
生き切ることは、何より最後、自分にOK!を必ず出せるし、
自分以外の誰かにも、必ず何かを伝え遺すこととなるに違いない。

自分だけのために生きる生き方は、薄っぺらい。
・・・私は、今、そう考えている。
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by h-c-c | 2014-02-21 21:14 | Comments(0)

当、東中国カウンセリングセンターでは、
登録スタッフの希望受付面接を、随時行っています。

さまざまな形で、色んな方々が面接に来室されます。

「○○大学卒、▽▽の資格を取得しています。」

「職場を転々として来ました。職場における人間関係は何処も劣悪です。
そう言う所を何とかして、働く人の支援がしたいと考えています。」

「私は長い間、孤立感を抱えて生きて来ました。
私のような人の助けになりたくて、カウンセリングの仕事がしたいです。」

「私は、▲▲の資格と◎◎資格、□□の資格も取りました。
どれだけ資格があればいいのか分かりませんが、出費ばかりがかさむので、
今有る資格を有効に、カウンセラーとして働きたいのですが…。」 等々・・・。

性別は男女を問わず、
年齢も大卒直後から、50歳代の方々まで、
さまざまな人生模様の中でご自身の「今」を背景に
当センターに登録スタッフ希望で来室されます。

ご自身のPR.、売り込み方、それは各人によって本当にさまざまです。
提示される物としては、
外側に取得した資格認定証書、免許カード、費やした時間、
教わった施設機関、先生、・・・・・などなど・・・。

それらは、いずれも確かに大切な目安基準にはなります。
何もベースがなく、学習形跡が無いことでは、これは論外とはなりますが、
それだけでも、また、どうにもならない場合の方が多いことも実情です。

当センターには、小さいながらもHCCとしての独自の理念が有ります。
HCCとしてのポリシーがあり、社会に向けてメッセージを示し、
その事に対して使命と責任を負っています。

「自分を売り込む」時、売り込まれる人(少なくとも私)は、
人間の肩書きだけを見ていません。

その人の「人間観」「生きることへの姿勢」
その人から漂う人と成り、その人ならではの香り、
付け焼き場では絶対に間に合わない隠しても隠しきれないオ―ラ、
そんなものを感じ取り、対話の中から読み取っていきます。
それは、
決して過剰包装や、過剰装飾で自分の外側を飾っても、
それだけでは追っつかないものなのです。

㈱ 東中国カウンセリングセンター
代表取締役 馬屋原 眞美子(主任カウンセラー)
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by h-c-c | 2013-09-04 09:05 | Comments(0)

市民講座が始まりました

私の暮らす福山市では、2003年時から市民講座が展開されています。
行政が枠組みをプランして、多種多様なセミナーが運営されています。
私は、一番初めの2003年の春から、
1回の講座が12回コース(3ヵ月連続)のものも含め
年間2回以上のペースで、
講師として参加させて頂いています。


その講座も11年目を迎え、
私自身もたくさんの方々との出逢いの縁に恵まれました。
さまざまに存在する心理学やカウンセリングの理論をベースに、
『日常生活に活かせるカウンセリングスキル』と題するこの講座は、
受講された方々が、ご自身の日常に持ち帰って使うことが出来るように、
分かりやすく、活用しやすく、と、落とし込んでお話しさせて頂いています。

既に、この講座をきっかけに「カウンセラー」としての道を求めて
歩み始められた方々も実際にいらっしゃいます。

とても、嬉しく感じています。

カウンセリング学を学び、見に付けると言うことは、
自分の人生を、最後の最後まで、自分として生き切って行く時、
避けては通れない思いもよらぬ難関に出くわした時、
本当に力強い杖と成り、灯りと成って、自分を支えてくれます。

私が、推し進めている「予防的カウンセリング」「教育的カウンセリング」は、
モノの見方、視点を変えて行くための具体的な方法論だけでなく、
「生きる」と言うことへの問いかけも含めての「カウンセリングスキル」です。

今日から4回のコースで、毎週木曜日午後2時から~です。
後3回ですが、参加者の皆様と楽しく泣き笑いしながら、
学びを深めて行きたいと願っています。

どうぞ、よろしくお願いいたします。


㈱東中国カウンセリングセンター:馬屋原 眞美子
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by h-c-c | 2013-07-04 22:07 | Comments(0)