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HCC コミュニティ ひろば

タグ:生き方 ( 44 ) タグの人気記事

『断捨離』のことばを聞いて久しい時が経ちますが、
近頃、「私、物が捨てられなくて…若い者たちからうるさく言われるんです。」
と、嘆く人たちの声を聴くことが増えました。
一方で、ミニマリストなる生き方を信奉する人もチラホラ。
片付けられないことと、無駄を愉しむことは全く違うと考えますが…。
本来、人間の様々な楽しみや、芸術、文化なんてものは無駄!と云われれば
ごもっともかっも知れませんが、もし、本当にそうだとしたら。
無駄と云われるモノが生み出す心豊かで感慨深い文化の香りの無い社会は
何とも味気ない感じがするのですが。
『無用の用』の美意識も、私は有りだと考えています。
ミニマリストが行き過ぎて、無駄を省き、効率を優先させて、
だから結婚しない。だから子供つくらない。…って、堂々と宣言しちゃう人たちが、
チラホラ増え始めてるのは、危険なことだと恐れさえ感じています。
ゴミ屋敷は論外ですが、思い出を大切に、過去の物々に託して暮らす生き方は、
確かに生きて来たその人の人生と重なりながら、その人を支えています。
「そんなに簡単には捨てられない。」という考え方…有っていいと思いますよ。
わ・た・し・は!!!

今月25日から大阪に出張します。
そのまま28日は東京に行きます。
28日は明治大学で「トランスパーソナル心理技法」出版記念を兼ねて
さまざまなセラピーライブを行う『サラピー祭り』が開催されます。
私も、当日はセラピストとして、ステージに上がりますので、
25日~28日は、センターでの講座を休講とさせていただきます。

間違ってセンターにお越しいただくことのないように、お知らせさせて頂きます。


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by h-c-c | 2016-02-20 23:06 | Comments(0)

毎月第4木曜日19:00~・・・それは2006年から10年間、
ずっと続けている「福山NLP学習会」の時間です。

今夜は今年初のNLP学習会でした。

んんん…、なかなか今日の内容は濃厚でした。
哲学的裏付けの弱いNLPだからこそ、
私は、福山の学習会の中では、そこを大事に扱っています。
小手先のテクニックではなく、本質に迫る。
それは、何に当たっても私が最も大事にしている姿勢です。

たった1,000円、握って来れば、
誰でも参加OK!ですよ。
その日の内容は、その日のまな板に載ったもの(テーマ)を中心に
NLPを中心に、かといってNLPの手法だけに拘ることなく
丁寧に扱い料理(?)していきます。

次回はあなたも、是非ご参加を!
いつものメンバーでお待ちしています。

  ☆★☆あなたはどのように考えますか?☆★☆
  私は、今日一日中仕事をしていて、つい先程甘利大臣の辞職を知りました。

  いつの時代にも拭いきれない政治と金の問題。汚職。裏金。献金。
  当然ながら有ってはならないことではあるが、そのために政治屋には
  多額の報酬が用意されているにも拘らず、それでもまだ金に群れる。
  しかし、それ以上に私たちが期待するのは、
  政治家には、まともな政治をして欲しいということだ。
  人間は万能ではない。一人の人間の出来ることには限界がある。
  だから、秘書やマネージャーや補佐役が要るのだが、それらの一人ひとりを
  信頼していなければ、自身の本来の職務は全うできない。
  その秘書が起こした問題までを監督不行き届きで自身の身を処さねばならないとしたら、
  これは、結構過酷だと思う。
  と同時に権力者が無言の内に他者に与える影響を彼ら自身はもっと知らねばならない。

  甘利さんが、安倍さんの任命の下になされた仕事は、難しい仕事であったことは間違いない。
  そもそも、アベノミクスのデフレ脱却とTPPは、ベクトル的にどうなんだ?
  甘利さんは、苦しかっただろうと想像できる。

  こんなの、民主党だったら絶対出来ない。
  あんなに幼稚で弱体の野党はお話にもならない。
  私たちは、民主党にコテンパに騙されたのだから。
  何がマニフェストだ! 大ウソばっかりだったじゃないか!
  
  殆ど何も、真意は明確になっていない現時点だが、
  この度の、甘利大臣の辞任の件、あなたはどのように考えますか?

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by h-c-c | 2016-01-28 21:28 | Comments(0)

琴奨菊 ありがとう!

058.gif ありがとう 058.gif 琴奨菊。
千秋楽の今日、私は深い感激をもらって、涙をこらえきれなかった。
テレビの前で、泣いてしまった。
息子たちには笑われたが、込み上げる気持ちを止められなかった。
白鵬には感謝している。
白鵬のことは嫌いではない。
弱体化した日本人相撲の中で、モンゴルから来て
日本の相撲を大事にしてくれた。
しかし、
そこは、言葉にはできない感情が伴う。
日本人力士が栃東以来10年もの長きに渡り、
優勝を横目に見ながら通り過ぎた口惜しい時間がある。
今日は、その優勝の栄誉を引き寄せ、
日本人力士が10年振りに手にした賜杯なのだ。

しかも、琴奨菊は、自力で優勝をもぎ取った。
琴奨菊は、怪我に泣き、苦しみ、ボロ奨菊などと揶揄されながらも、
それでも相撲を諦めず、今日を迎えた。
今場所は、本当に素晴らしい取り口だった。
毎回必死さ、決死さが伝わり、私は何度もテレビの前で拍手した。
真剣さは、必ず他者に何がしかの感動を与える。

自分が選んで自分が生きる自分の道だ。
誰のためではなく、自分のために!だ。
自分自身に嘘をつかない、自分の人生を裏切らないためにも、
自分が選んだ自分の仕事、生き方にもっと熱を込めなければならない。
・・・・・今、そんな気持ちでいる。

ありがとう! 琴奨菊!
わたしも、ガンバル!
もう、グダグダ言わない。
ただただ、私も、私の道を生き切るから!!!!
本当にありがとう!
そして、何より、おめでとう!


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by h-c-c | 2016-01-24 20:04 | Comments(0)

たった今、スマスマでのSMAPの姿を見ながら、改めて考えさせられた。
ザワザワ、ドタバタした一週間だったが、
個々が其々に過酷な程の多忙を極める彼らの対応は、素早かった。

問題は、出来るだけ長引かせない方が良い。
流れる時間の中で、動きながら立ち止まり、今に居ながら俯瞰する。
可能な限りの誠意を尽くし、事の終息に責任を取る。
この姿勢は、平均年齢40歳を超え、数々の修羅場を超えて来た
日本の国民的スターである所以の彼らが、
これでまた一つの危機を次の成長に向けて進む姿を
私たちに示してくれた。
時間は待ってくれない。
時間は取り戻せない。
そこには、常にその人の生き方、生きる姿が反映される。
影響力のある人が、どのような姿を見せるかは、とても大事なこと。

中国、台湾、。。。その時、日本人は、、、。。。



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by h-c-c | 2016-01-18 23:47 | Comments(0)

新しいこの2016年は、開始15日ほどにも拘らず、荒れに荒れて動き出した。
中東を揺るがしかねないサウジとイランの断交を皮切りに、
原油安、中国経済の不透明から世界経済の揺れ、
日本に於いても円高、株安、株安の連続。
経済界は、緊張感から警戒感に。
そんな中、不意をつかれた北朝鮮の暴挙。
ISのテロは止まないどころか、地域は拡散・拡張している。
寒暖差は激しく、冬だか春だか分からない様な季節感の中で、
ここに来てインフルエンザの感染注意が呼びかけられている。

昨年のあの福山雅治結婚情報が流れた時、「福山ロス」という
何とも奇妙な社会現象が起きた。
そして、この度のSMAPとジャニーズ事務所との問題は、
各新聞社も紙面を潰して報道し、NHKも取り上げる程で、
その影響の大きさは、福山ロスどころの騒ぎではない。
何を隠そう私もずっとSMAPファンで、(、、、というより、
木村君のファンなんだけど)彼らのスタート頃から、
私の歴史の時間の何処かに重なりながらの四半世紀に元気を貰って来た。
「国民的」と、呼ばれてきた彼らの存在は、
明らかに他のアイドルとかグループとかとは違う、
そんな枠組みに組み込まれない独特の意味を持つ存在であったように思う。
しかし、
しかしだ。
それにしてもだ。
今、日本では、連日大事な法案が国会のテーブルにのっている。
この国の国民に、もう少し、政治に関する意識が高まれば・・・。
芸能界の変化に対して一致団結出来るこの能力を、
自分たちの最も大事な生活に直結する政治に目を耳を向けて動けたなら。
このままじゃ、
結局、この国の国民はバカなんだと、官僚や政治屋に舐められてしまう。
SMAP騒ぎでドタバタしてるうちに、奴らの都合のいいように
やり過ごしてしまわれそうな気配がいっぱいだ。

しっかりしようよ。もっと。
平和ボケして、マスコミに操られて、芸能人の問題に右往左往してる時じゃ
ないんだけどな!!! 今は! 本当は!

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by h-c-c | 2016-01-15 22:49 | Comments(0)

成人式&鏡開き

小寒に入り幾分冬らしさを感じたのもつかの間、
暖かな日が続く今年の一月。
今日は、お正月飾りを片づけ、
鏡餅を開いてお餅を焼いて、ぜんざいを作りました。
暮れに買い込んだ残りものの野菜を刻んで、カレ―も作りました。
それにしても、季節感や文化的な家庭行事が少しずつ少しずつ…、
形を変えて薄らいで行くように感じます。
我が家の嫁の内の一人は、お餅が嫌いだとか。。。。。
だから、そもそも、お雑煮を食べません。
039.gif 025.gif 005.gif /// それこそビックリポン!・・・ですが、
これも仕方ないのかな???って、感じています。
私はと云えば、
体調を崩し、入院までしてしまって、全くドタバタした昨年の暮れでしたが、
新たな年と、皆の手助けをもらって、何とか元気を取り戻しました。
お陰で、一昨日まで、大阪で開催された日本ゲシュタルト療法学会の
大会に参加してくることが出来ました。
前日の理事会では、温度調整の効かない部屋に夜9時までの缶詰め状態で、
ヘトヘト感が残りましたが、
希望していた哲学「現象学」の考察は、メチャクチャ面白かったです。
完全にハマってしまいました。

高校時代から哲学が最も好きだった私は、今ここに来て、
心底「哲学」の方が圧倒的に面白く、自分には向いている、と感じています。
宗教学と心理学を含んで越えて、結局ここに戻って来たんだ!と実感します。
しかし、
「上求菩提下化衆生」の教えに触れて、カウンセリングを道に選んだ自分の生き方は、
それを歩む道々の中で、たくさんの学びや気づきを与えてくれました。
「現象学」は、心理学の視点とは異なる視点を持つところが大変面白いです。
それは、脳科学、自然科学、等と綿密に関連しながら、随意運動と付随意運動、
情動交換の重要性を認めつつも、相互交流的同時性を否定します。
時間軸上には、「過去、未来、現在」という時点は見つけられず、
実感する時間は元には戻せない、では、
この実感はいかにして「実感になっているのか」と、現象学では問い続けます。
メチャクチャ面白いでしょう!?!?!
赤ちゃんが、キョトンとするあの瞬間、赤ちゃんは、「無い」ことが有るんだということを
見つけた瞬間なのだというのです。
これらは、いずれも脳科学実験を基に導かれてきたものです。
これについて、
簡単には語りきれませんが、
又後日、当センターの研修講座の中で、時間を作ってお伝えします。
この日、
それまで、ゆっくり休みが取れたおかげで若干柔軟になっていたであろう
私の脳みそに、この度の「現象学」の理論は、沁み込むようにス―ッと入って来ました。
傲慢さを引き算しても、恐らく相当理解出来ていたと思います。
よって、
チャンスがあれば、暫くもっと踏み込んで、
ドイツミュンヘン帰りで、日本国内の同哲学者たちからは若干浮いていると自称する
この山口先生に、ドップリハマってみたいものだと、
「現象学」をもう暫く学びこむことを今年新年の願いにすることとしました。


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by h-c-c | 2016-01-11 14:33 | Comments(0)

戦争・テロ・芸術

被爆70年。終戦70周年。控え待つオリンピック。
それでも尚、今だ消せない憎しみの連鎖。
戦争は地域紛争から、
更に今またテロと云う、いかようにも正体の掴めない
不気味なものに姿を変え、人間への精神的挑戦を試みる。

綺麗事かもしれない。
嘘っぱちに聞こえるかもしれない。
絵空事の理想論だと一笑されるのが、おちかも知れない。
それでも、敢えて言いたい。
「愛」しかない。
「愛」に始まり、その『愛』を弛まず流し続けるしかない。
「赦しの愛」「育み待つ愛」で緩やかに包み込む。
理想を具現化して行くことは容易くはないが、決して不可能ではない。
私たちは、今こそそれを試されているのではないだろうか。
怒りに憎しみで応酬しても、そこには破壊と行き詰まりしかない。

芸術家たちは、これまで如何に戦争や差別に向き合ってきたのだろう。
武器ではなく、絵筆を持て。
武器を捨てて、ペンを取れ。
怒りは、旋律に載せ、音に彩らせろ。
それらの表現こそが、その人の命の表現そのものであり、生き方そのものと成る。

貧困からの苦しみに絶望感を抱く人、夢も希望も持てず、失うものは何も無いと、
向こう見ずに玉砕化の行為に走る人たちには、教育とチャンスを。
今こそ、
人間が獲得して来たこれまでの智慧の力を、能動的な智慧として使い切る。

テロや恨みや憎しみを、武力や空爆で根絶やしには出来ない。
「愛と祈り」は、そんなにも信頼できないものだろうか???
それでも、私は信じたい。

馬屋原 眞美子


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by h-c-c | 2015-12-08 19:43 | Comments(0)

戦争・テロ・芸術

被爆70年。終戦70周年。控え待つオリンピック。
それでも尚、今だ消せない憎しみの連鎖。
戦争は地域紛争から、
更に今またテロと云う、いかようにも正体の掴めない
不気味なものに姿を変え、人間への精神的挑戦を試みる。

綺麗事かもしれない。
嘘っぱちに聞こえるかもしれない。
絵空事の理想論だと一笑されるのが、おちかも知れない。
それでも、敢えて言いたい。
「愛」しかない。
「愛」に始まり、その『愛』を弛まず流し続けるしかない。
「赦しの愛」「育み待つ愛」で緩やかに包み込む。
理想を具現化して行くことは容易くはないが、決して不可能ではない。
私たちは、今こそそれを試されているのではないだろうか。
怒りに憎しみで応酬しても、そこには破壊と行き詰まりしかない。

芸術家たちは、これまで如何に戦争や差別に向き合ってきたのだろう。
武器ではなく、筆を取れ。
武器を捨てて、ペンを取れ。
怒りは、旋律に載せ、音に彩らせろ。
それらの表現こそが、その人の命の表現そのものであり、生き方そのものと成る。

貧困からの苦しみに絶望感を抱く人、夢も希望も持てず、失うものは何も無いと、
向こう見ずに玉砕化の行為に走る人たちには、教育とチャンスを。
今こそ、
人間が獲得して来たこれまでの智慧の力を、能動的な智慧として使い切る。

テロや恨みや憎しみを、武力や空爆で根絶やしには出来ない。
「愛と祈り」は、そんなにも信頼できないものだろうか???
それでも、私は信じたい。

馬屋原 眞美子


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by h-c-c | 2015-12-08 19:42 | Comments(0)

Paradox:パラドックス

この世は矛盾の内に在り、真理は逆説に埋もれている。
幸福は求める程に遠のき、追い求めたとて手中には得られず。
生きる目的は何か? と、問われる時、、、、、。

この問いに敢えて応えようとするならば、
それは、
自分を成長させて、世に奉仕還元し、
世に奉仕務めることで、自らを成長させて行く。
この循環に尽きるのではないか、、、、、。 と、応えたい。
これが、現時点での未熟な私の考えている事である。

b0122085_20465685.jpg 他者の評価を気にして、自身に過剰な反応を示す人の場合、
 己自身の内側に支柱が立っていないことが多い。
 己の内に自身の軸が立っていないのだ。
 そうした人は、
 常に何かに脅え、動揺しやすく、防衛の砦についつい逃げ込む。

 他者は誰も、あなたのことばかりを見てはいない。

 人はそれ程暇ではない。

 見ているか見ていないか分からない他者の視線を気にするより、

 自分の方から相手を見ることに努めた方が余程ましだ。
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by h-c-c | 2015-07-15 20:54 | Comments(0)

時間は公平。
どう過ごそうと1時間は1時間、一日は一日。
社会に組み込まれ、一応の大人として生きてるからには、
確かにそうそう自分勝手には出来ないことだってある。

でも、
それでも、
精神はいつも自由だ。
心の持ちようまでは、誰にも侵されたくはない。

心の在りよう、気持ちの持ち方、精神の自由を大切にしていれば、
いつでも、どこへでも、飛んでいける。
ゆったりと、
のびのびと。

私の心は私のものだ。

それによって過ごす時間は姿を変える。
その積み重なりが人生ならば、
私の時間は、私が引き受ける。
だって、私の人生は、私のものだもの。

今日という日は、もう戻らない。
泣いても怒っても、しょげていたって、イライラしたって・・・。
時間は関係ない顔して、容赦なく過ぎて行くんだから・・・。
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by h-c-c | 2015-03-20 19:07 | Comments(0)