大好きだった新井が引退宣言をした。
身体が震えるほど胸が熱くなる。
前田が引退した時。
黒田が戻って来た時。

近年野球を知らないカープ女子とかが、チャラチャラしてるより、
ずっとずっと昔から、
弱体カープ、貧乏カープの時代からカープを応援して来た。
市民球場のあの懐かしの球場時代から…。ずっとだ。
中学生の時、女子ソフトボール部を立ち上げたのもその所為だったし。。。

カープと共に喜びの涙、悔し涙を流して来た私は、
強くなったマツダスタジアムのカープに、
正直、以前ほど熱が入らなくなっていた。

新井が金本兄貴の後に次いで阪神タイガースに移籍した時の寂しさは今も覚えている。
タイガースのユニホームで広島の球場に立った新井への
あの露骨なブーイングは凄まじかった。
しかし、再び、新井はカープに戻って来た。

カープのユニホームに身を包んだ新井を、迎え入れ、毎回湧き起した
地響きのような新井コールは、TVを観ていても鳥肌が立つようだった。

私はバカが好きだ。
バカまっしぐらに、とことん努力する人が好きだ。
好きな道に覚悟を決めて、のめり込んでいく愚直なひた向きさが好きだ。

言い訳はしない。
独り唇を噛み、血の出るような涙を流しても、自分の道を究めるために努力する。
そんな生き方が好きだ。

衣笠が亡くなった時、私の中のカープが少し遠のいた。
そして、今日、新井が引退表明をした。
今シーズンの新井の雰囲気からして、もしかしたら・・・?とは、感じていた。

新井には、カープの赤いユニホームが良く似合っていた。

ユニホーム、役、肩書、ペルソナ。。。。。
人はいつか必ずそれらを脱ぐ日が来る。

ありがとう。新井。 本当にありがとう。

今年こそ、カープは日本一になる!!
カープ! きばれ!
新井! 突っ走れ!

・・・空いたカープの一軍のひと席には、・・・誰が?


[PR]
by h-c-c | 2018-09-05 16:56 | Comments(0)

選挙になれば地方に戻り、「お願いします」と頭を下げ、
出来もしない、いえ、そもそもやる気も無い公約を並べたて、
選挙が終われば、国民の税金を食い物にして権力で国政を私物化する。
総理のお膝元、西日本で多くの人が、現在只今の生活に困窮している時に、
議員総数増員を無理やり通そうと企む。
(ちなみに議員6人増員すると年間報酬として1億円以上必要)
来年上がることに決まっている消費税は、政治屋の給料に回すためじゃないぞ!

民主党の野田さんが、あの時、安倍さんと約束したことばを、私たちは覚えている。
しかし、そんなものは無かったかのごとく、安倍は夫婦そろってやりたい放題だ。

国民が置き去りにされていくこの国の政治のありようは、絶対に間違っている。

国民の多くが、何も納得していない森友・加計問題を筆頭に、公文書の偽造、
汚職、モラハラ、パワハラ、ありとあらゆる案件がゴミのように積み重ねられ、
勝手気ままに私物化して行く、今の政権は、一体どこを見て政治をしているのか。

この災害時に、今やるべきことは、カジノ解禁法案か?
経済効果って、何だ?
リスクの方が大きいに決まっているのに。。。
この国を、どうしたいのか?

東日本大震災以降、進まない原発問題。
放射能は、今も垂れ流しだ。

三権分立は形骸化し、弱体化し、
官僚は事務仕事に追い立てられている。
民主主義は数の原理と、ねじ伏せてくる権力の前に息をひそめる。

勿論、私たちも弱過ぎるのだ。

今回のこの、私の暮らす広島県を中心に多くの犠牲者を出した
西日本豪雨大災害の復興は、10年20年では効かず、
建築地盤から見直さなければ、「コアストーン」による地盤地質から、
土砂災害は繰り返されてしまうことを私たちは知った。
広島県内の新しい住宅団地は、確かに山際に多く、
町場であっても、下水管の対応が遅れているところは、簡単に水が溢れる。

個人レベルで出来ることと、公が担うことは自ずと違いがあるのだから。

そんな時に議員定数を増やすだなんて、どの頭での発想か!?!
人口が減り、働き手が減って行くこれからの社会に、
頭数だけの政治屋を増やすな。
まるで、悪徳お代官サマだ。
国民から年貢の取り立てばかりせがむ悪徳代官そのものだ。
役人のはびこる国は、必ず行き詰まり崩壊する。

何もかも、肝心な事が置き去りにされる。
大事な事が、後回しにされている。

個人のメンタルを国家が潰しにかかっている。
税金は、国民の為に使ってくれ。
議員を食わせるために使うな。

こんな事を続けていたら、この国は本当に崩壊する。



[PR]
by h-c-c | 2018-07-12 16:11 | Comments(0)

凄い雨でした。
何時間も何時間も雨が降り続きました。
不安と危険の妄想と、成り続けるスマホからの緊急事態通知で眠れませんでした。
それでも、TVは、オウム事件の死刑執行とタイ洞窟の状況ばかりを流していました。
西日本の国民は、軽んじられていると痛切に感じました。
欲しい情報は、入って来ません。
TVが流す少しばかりの被災状況は、まるで、何かの物語を語るかのようでした。

そもそも政治、まつり事の始まりは、地域の住民の命と生活を天候から守る!こと。
これが、起源と聞いています。
人智で抗えないお天道様を前に、畏敬の念を抱きつつ、人生の経験者である老人や、
祈祷師、雲の流れや風の匂いで、危険を読み解く能力の人たちの力を借りて、
多くの民の命と安全を守って来たのです。

ところが、今やどうでしょう。
世界優秀の天気予報機器を開発し、常備させながら、
毎年毎年繰り返される、天災から引き起こされる人災は、年々苛酷さを増しています。

もはや、この国は、日本中何処に居ても安全ではないのです。

考え方を変えましょう。
対応の仕方を変えましょう。
システムそのもの、制度のあり方そのものを変えなければなりません。

さしずめ、甲子園の高校野球、夏にやるの止めませんか?
死人が出ますよ!
甲子園球場のあの暑さは、昔の環境ではないのです。
40℃になりますよ。
愛する孫の応援に行くおじいちゃんや、おばあちゃんは、体力的に限界です。
選手だってきついです。

「秋の甲子園・高校野球」…、ぼつぼつ本気で検討してください。

国の要を司る方々、まずは、国民の安全に本気で目を向けてください。

後手後手の支援ではなく、先手先手の攻略、防衛を!!

。。。私はそのように考えています。

[PR]
by h-c-c | 2018-07-10 15:37 | Comments(0)

心が揺さぶられる時

政治家の劣化。
官僚体制の死んだ組織。
俗に言う世界を動かす地位に居て、権力にしがみつく人間の堕落。

それでも、
人間は素晴らしい。
正直、冬のオリンピックは暖かい西日本に生れて暮らす私にとって、
今一つ期待感を持って待ちわびる程の好奇心は無かった。
朝鮮半島の見るに堪えない政治利用の裏工作もうんざりだった。

にもかかわらず、、、、
日ごとにグングン引き込まれていった冬季オリンピック。
終盤には号泣しながら、TVの前で心を揺さぶられている私がいた。
人は、なぜ、いかにして、どのような時に、「心揺さぶられる」のだろうか。
その人の生き方に対して。
たった一つのその命を、一度きりの瞬間瞬間の時間の中で使いきるその生きざまに対して。
一途な姿勢に対して。
ひたむきに挑戦し続けるその姿に対して。
一つの結果は、短時間の内に瞬時に燃え尽きてしまうが、
その輝かしい結果から、
私たちは、そこに辿りつくまでの長い長い苦悩の時間が確かにあった事を思い描くことが出来る。
その行為が、感動を呼ぶ。

一途であること。
誠実であること。
絶ゆまず諦めず遅々たる道を歩むことは、決して安易ではない。
しかし、また、その事なしに、安直に「結果」は得られない。

必ず来る「死」に臨んで、何よりも自身に恥ずかしくない生き方をしたいものだと思う。
「命」を何に向かって使うのか。どのように使うのか。
その生き方の、その姿が、人の心を揺さぶり、人に勇気を与え、人を動かす。

。。。。。
国有地払い下げの問題、公文書の書き換え問題、民主主義が地に落ちて、
この3月、4月の間にこれから何人の血が流れるのだろう。
表に上がらない内にもみ消される職員の命。
人の命も人生も、その背後にある家族のことも思いやれない政治家に、
そもそも国民の安心と安全を本気で守ることなんて、、、、
考えてもいない、としか思えない。



[PR]
by h-c-c | 2018-03-09 22:38 | Comments(0)

時間は止まらない。
地球の自転は…、公転は、少なくとも今のところは止まらない。
時代は移り行き、平成年号になってからの30年間の生活環境は、
これまでにないスピードで変化し続けて来た。

人間の生み出したものによって、
人間は不安定で危うい環境に身を置かねばならなくなりつつある。

人格とは何か。
正義とは何か。
公平さとは何か。
努力は報われるのか。

時に空しさに押し潰されそうになろうとも、
この小さな歩みを一歩一歩続けていきたい。
家族がいる。
友人がいる。
仲間がいる。

信じる道を、信じる人たちと共に、今年も歩んで行こう。
残る命とこの時間を、ゆっくりでいいから信じる生き方で歩んで行こう。
祈りを込めて、除夜の鐘をついた。

こんな私ですが、
今年もよろしくお付き合いくださいますようお願いいたします。



[PR]
by h-c-c | 2018-01-01 23:23 | Comments(0)

スマホからは、先程から災害警報音アラームが鳴り続けています。
毎回ビックリします。
雨は三日間ずっと降り続いています。

TVでは、衆院選の開票速報で与党の圧勝を告げています。
画面の下側に速報数が、
画面の上側に各地の災害警報・警告が表示されていて、
まったく忙しい限りです。

ノロノロ進むこの大型台風21号は、まだ上陸もしていない内から
こんなに私たちを怖がらせています。
同様に、今回のこの衆院選の結果は、今後の日本歩む方向性を暗示しており、
これもまた、何がしかの恐れを抱かせます。

台風は自然災害です。
政治は人工災害です。

安倍さんは、世論の批判を恐れてか、これ程圧勝していても、
顔をこわばらせ、とても緊張した表情を見せています。

今となっては、政治の話より、
迫りくる台風情報、災害状況の的確な報道を望みます。



[PR]
by h-c-c | 2017-10-22 22:22 | Comments(0)

自分の命を生き抜く

6月21日に手術して以来、全身麻酔の影響かどうかは分からないままに
認知症が更に悪化した母との付き合いは、あれからずっと続いている。
そして、今現在、母は在宅として我が家に戻って暮らしている。
全てに手がかかる。
食べることも、排泄も、入浴も、ベッドの寝返りも、
もちろん起き上がることなんてできないし、
家の中で車椅子生活をしている状態だ。

ただ、家に居ると、家族のことは分かるし、若干の記憶が甦るらしく
少しだけ懐かしい話が出来る。
好きだった歌も一緒に歌える。
そんな母の姿を見ると涙が出てくる。「嬉しい!」

猛暑、長時間豪雨、突風、恥を忘れた見苦しい大人たちの行為。
国家とは何ために存在しているのか?を、
北朝鮮、アメリカ、日本、韓国、中国、ロシア・・・
それら国家間に交錯する一部の指導者たちの思惑から考える。
今ここに確かに生きている一人ひとりの人間の
その、まさに一人として…考えてみる。

カウンセリングへの来談者は増す一方だが、
10年前の頃のクライアントとは明らかに質が変わってきている。
カウンセリングへの取り組みが真摯で、本気なのだ。
その分、気づき・変容は顕著に現れる。

「人間」は、誰もが一人ひとり自分の「命」を、
自分として生き切ろうとしているのだ。
それだけのことなのだが、そのことの為に、悩み、苦しみ、葛藤する。
時代が如何に変ろうと、国家が他国と争おうと、そこに暮らし生きている
一人ひとりには、それ以上に身近な自分自身の問題がある。

生きましょう。とにかく、生きましょう !!
恐らく世の中はと言うか人間社会は、小池さんの掲げる「希望の党」のように
輝かしい社会に向かっているなんて楽観的な考え方は、
とてもではないが持てない。。。けれど・・・。

それでも、諦めないで、生きましょう!!
とにかく生き抜きましょう!

「もういいよ、よく頑張ったね。」と、自分の命が尽きるその時まで、
「生」の終わりに必ず訪れる「死」のその時まで、
せめて自分の命にだけは責任を持って、
命を生き抜きましょう!!

脱原発!! 今の日本に於いて、命の為にはこれ以外は無いと考えている。

[PR]
by h-c-c | 2017-09-25 18:11 | Comments(0)

平和に暮らしているのに・・・。
先の大敗戦をくぐり抜けた先人たちの語り尽くせない辛酸な体験の上に、
あれから72年間、頑なに築き守り続けたこの平和は、
決して生易しく簡単に手にしたものではないはずなのに。

愚直に、平和を訴え続け、
核なき世界の現実を願い続けたヒロシマを拠点とする
日本の多くの国民は、
ただ今を平和に暮らしているだけなのに。。。

わけの分からない、完全に頭の狂った極々一部の権力者によって、
Jアラートシステムを活用させて緊急避難訓練を行う方針が決まった。

何するの? 何すりゃいいの?
どうするの? どうすることが正しいの?

Jアラートが鳴ったからって、緊急避難情報を受信したからって、
一体どうすりゃいいのか・・・、全く、分かりません!!
我が家にシェルターは有りません。
近所に防空壕もありません。
丈夫そうな建物に避難しなさいって言ったって、
建物なんて吹っ飛びますから!

わたしは現在、広島県に暮らしています。
広島は、今年やたら賑やかです。って云うか・・・騒がしいです。
夏前から、カープ、カープ!「私たちは、真っ赤な細胞でできている!」
なんて、テレビから流れ出るメッセージを聴きながら、
セ・リーグ連覇へのマジックを、早々と点灯させています。
高校野球では、広陵(広島)が秀岳館(熊本)を破って2回戦を突破しました。
そんな広島県は、楽しく熱く、平和に暮らしているだけなんです。

万一、北朝鮮ミサイルが発射されたら・・・。

明日から・・・、
私の暮らす中四国地方では、Jアラート訓練が開始します。


[PR]
by h-c-c | 2017-08-17 20:35 | Comments(0)

どんな生き方をしようが、その人生はその人のものですから、
自由だ!と云われてしまえば、それまででしょうけれど。。。。。
怒りを、憎しみを、攻撃性を。。。胸に抱いて生きる生き方。。。
エネルギッシュで、荒々しく、躍動的かもしれませんが???


わたしは近頃、しみじみと感じます。
大人として生きる多くの人の心の奥深くに、
誰もが抱えているものは、「かなしみ」ではないかと。

人が人として生きて行く時、そこには静かな「かなしみ」の在ることを。
「かなしみ」は、悲しみ、哀しみ、愛しみ、として、人の心の奥深くに
ずっと、ずっと、在り続けるのではないかと。。。

愛ゆえに悲しいのです。
愛ゆえに切なく、愛ゆえに哀しみを覚えるのです。

それは、決して激しい怒りでもなければ、
ましてや憎しみなんかではありません。

時が流れます。
時の流れは、さまざまなものの形を変え、忘れさせようとします。
町並みは姿を変え、そこに行き交う人も、既に今は無く、
ふる里は、あの懐かしい匂いさえ消し去ります。
そんな自然の行為に抗うかのように、
人はより積極的に、その記憶を留めさせようとします。
そんな無意識の行為が、まるで反比例するかのように、
なお一層、
人はそれによって置き去りにされて行きそうになる自分自身に、
そこはかとない哀しみを抱くのかも知れません。

「かなしみ」は、愛ゆえです。
「かなしみ」の感情を豊かに育ててゆきたいと、祈っています。


時間は歴史となり、多くの事々を流し消し去り、
忘却の中で、赦しをもたらしてもくれます。
それでも、人はなお、深いところに「かなしみ」の感情を沈めています。

だからこそ、人は優しくなれるのでしょう。
「かなしみ(悲しみ・哀しみ・愛しみ)」は、美しいものです。

哀しみを知らない人はいません。
大人になって、心の奥深くに哀しみを抱いて生きるからこそ、
人は静かに命の灯りを燈しながら、大切な誰かに優しくなれるのでしょう。



[PR]
by h-c-c | 2017-07-31 20:32 | Comments(0)

認知症に全身麻酔

6月21日の朝一で大腿骨周辺の外科手術をして頂いた。
平素が認知症で介護支援の無い状態では生活できない母だから、
さまざまなリスクをしょっての手術に関して、
正直始めは躊躇したが、何と言っても、
手術をしなければ痛みが取れない!と、いう一点に私の選択決断が、
実施に踏み切らせた。
骨が折れている状況は、
脂汗が出て、血圧を200近くにまで押し上げるほどの
「とても痛い!」という苦痛が伴うのだ。
何としても、痛みからは解放してあげたかった。
しかし、その後だ。
母は、全身麻酔と認知症の併合からか、譫妄状態を今、さ迷っている。
食事は2時間弱かけて、私の介助で、食べるのだが、
初日は、呑み込むという行為を忘れている様子だった。
二日目の昨日も、箸が持てない。と、言うより持ち方が分からない様子。

今は、輸血も続いている。
それでも、痛みは消えているので、点滴の管等を外そうとしたり、
ベッドから降りようとして目が離せない。
本来が、外科病棟なので、病院による細やかな介護は望めない。

看護はしても、介護はしない、そんな感じを受ける。
ごもっともと云えば、ごもっともなのかもしれないが、
家族としては、にわかに承諾しきれないモヤモヤ感が残る。
私としては、断れる仕事はお断りをして、
出来る限り母に付き添っている状況となる。

まあ、一週間もすれば、徐々に脳の機能は元に戻るらしいのだが、
そもそものその、元に?と云うのが、認知症状態だったので、
どの辺りが元なのかも、定かになりにくい。

しかし、ただ、命は在る。

痛みから解放され、幼子のように、自分の現状認識の出来ない中で、
自分勝手に自分が動きたいように動きたがる、
外からのお願いや、働きかけは一切通じない、私の母は、
今、まさに、ここに居る。
記憶は薄れ、判断力を失い、周囲との疎通は困難を極め、
一方的な欲求だけが周囲を混乱させる状況は、
有意識と呼べる自我からは程遠いが、
嬉しそうに笑ったり、急にぼんやりしたりするその姿は、
何かを超えて、
ここに在り続けることの意味を私に教えようとしているように感じる。

今日は、これからまた輸血だ。


[PR]
by h-c-c | 2017-06-23 11:14 | Comments(0)