昔からあったとは予測できるが、近年、頓に「私は話すのが下手です。」
「どのようにしたら人が話を聴いてくれるようになりますか?」
という問い合わせを含むカウンセリングが増えて来た。

・・・???・・・

あなたは、もじもじ、ボソボソ…話しますか?
回りくどく、結論までになかなか辿りつけない話し方ですか?
ねちねち、くどくど、。。。???
単刀直入に、ズバッと、要点だけ???
楽しくユーモアを交えて?
さらっと? チャらく? 
・・・んんんん????・・・
それ以前に、話し始めるタイミングが掴めないとか???

どうでしょうか?
自分の話し方の特徴的な点は?

延々話しても、何言ってんだか良く分かんない人がいるかと思えば、
「うん。」って頷いて、変化させる表情だけで自分の気持ちを十分相手に伝える人もいる。
何が違うんだろう?????

最近、報道を席巻しているかの日大首脳陣、例のアメフト事件の対応姿勢。
視聴者他、これを見ている多くの人は、彼らの何を聴いているのだろうか?
彼らの発言する「ことば」か?
否!! である。

多くの人は、観ているのだ。
話し方、その時のそぶり、微妙に変化する表情。
自分が見られていることに全く鈍感過ぎるから、
「ことば」ばかりを拠り所とし、それにだけ注意を払おうとする。

『自分がした事なのに、その事を簡潔に話せない』…、
その時、
一体何が起きているのか?
「隠し事」があるからだ。
その人は、大事な「何か」を、浅はかな保身のために隠している。

訳のわからない妙な理屈で延々説明を続ける、官僚や政治家しかり。
セクハラ、パワハラ疑惑に応じる肩書だけを頼りにする人しかり。

正直に生きる時、その言葉は、シンプルで、相手の心に届く。

私たちは、正しさを求めているのではない。
正直であること。率直であること。誠実であることを求めている。

それは、常にシンプルで、軽やかで心地良く、人の心を動かす。


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by h-c-c | 2018-05-26 15:45 | Comments(0)

多様性を認めましょう・・・、何て言いながら。。。
共感ばかりを求めすぎちゃいませんか。。。
私は、本来が美術畑からの出身者で在るためかも知れませんが、
創造する生み出す苦しみと表現者の孤独を、身体の奥深くに内包させています。

表現者は、鋭くありたい。
鋭敏で、且つ独創で、
「自分」「己」と云う軸を、覚悟の上に持ち合わせなければ、
自分と云うフィルターを通して生み出すものは薄っぺらいものに成るであろうと考えています。

「共感」を過剰に求める昨今の風潮は、モノ言わぬ人を作り、思考を止めさせ、
風評に流されやすく、一見温厚そうな・・・
それこそ「ゆるキャラ」がもてはやされる
現在の時代を生み出してしまっているように感じます。
考えることと言えば、
「自分が他人からどう見られているか???」
「嫌われたくない」「目立ちたくない」「良い人に見られたい」。。。
そのくせ、
「誰も私を分かってくれない」「私のことを認めてよ!」。。。
なんじゃ!   それ!

パワハラもセクハラも、行き過ぎると、
人間の「繋がり」を断ち切ることにもなりかねません。
だって、関わらなきゃいいんでしょ!ってことになっちゃいそうですものね。

明らかなハラスメントは、無論存在しています。
しかし、
学びの途上にある時、教わる側には受信者として、
発信者である先輩の声を、その受信者自身が、自身の主観のどの部分で受け止めるかで、
それは、パワハラになったりならなかったりすることもあります。

。。。。。。ずっと…ずっと昔。。。。。。
淡い恋心を抱いた頃、
「あの人は、どんな所に住んでるんだろう・・・?」って、
何となくお家を調べて、
時々用事も無いのに、その近くまで行って、その人の部屋かな?って思えるところに
灯りが付いていたりしたら、それだけで、なぜだか胸がキュンとなって、。。。
ただそれだけで、切なくなったり、嬉しかったり、、、したこと、…ありませんか?
もし、そんな事が一度も無い人がいたら、それはそれでチョッと寂しいかも知れませんね。

実ることのない、懐かしく、淡く幼いほのかな思い出です。
それも、今では、ストーカーになるのかと考えると、これからの若い人は、
どうやって、淡いプラトニックラブの初恋を体験するのでしょう。

やさしく、柔らかな人と人との関係性を維持させるためには、
片方で、
鋭く表現する率直で厳しい人間の存在が不可欠ではないのでしょうか。

癒しを求める人が多すぎます。
他人の評価ばかりを気にする人が多すぎます。
その結果、烏合の衆と化し、二元論に陥り、右へ左へ流れ込んでしまうのです。

自分の生き方は、自分が考え、決めなければなりません。
その昔の私たちの先人は、高学歴者では無かったかもしれませんが、
潔く、カッコ良かったです。
その生き方は、率直で、凛として、粋でした。
今、外側に多くを飾りつけていたも、それはダサくて、野暮ったいです。

烏合の衆に成り下がらないように・・・
自問自答・・・、
だから、、、その上で、私はどう考えるのか。。。
「己」自身に問うて生きて行きたいものです。





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by h-c-c | 2018-05-20 16:23 | Comments(0)