メンタルヘルスの掛け声がこの国に響きだして久しい。
厚労省の本体不在にさえ感じられる「メンタルヘルス」の掛け声は、
当初、現場に於いては理解され難く、この国特有の個人責任に転化され、
「根性論」にすり替えられて来た経緯がある。
12-3年前から、企業のメンタルヘルスに関わってきた私としては、
開催主催者側に、殆ど理解されない中で取り組む困難さを感じていた。

先輩・高齢の管理職社員は、「昔はもっと厳しかったんだぞ。」
「俺たちは、手取り足とり教えられたことなんてなかった。」
「殴られたって文句なんか言えなかったし。」
「環境も、制度もホントに不十分な中でやってきたんだぞ。」
「要は、根性が無いんだな!」
「若い奴らは、権利ばかり要求するんだよ。」
「いつからこんなに軟弱になったんだろうな?我慢をしないんだよ。」
・・・・・、
しかし、そこに矛盾や行き詰まりを見つけたから少しずつでも正そうと
今、本来あるべき人間を大事に扱うための改善に向けて動いているのだ。
制度・システム・契約書、目に見えるもので改善を図る。
社会的環境や物理的環境、目に見えるもので改善を進めても、それでも尚、
尚、尚、残る環境から受けるのが「メンタルヘルス」に関わってくる目に見えないもの。

対人関係であったり人間関係であったり、その場に在る風土、文化、特有の空気感。

そうした中で最たるものは「時代」ではないかと考える。
「時代」が生み出す環境。
「時代」に流される人。
「時代」を創り出す人。

メンタルヘルスは、それ独自が個別に保たれ育つものではなく、
環境からの影響を受けながらリンクされて変化して行く。
根性論だけで解決できるようなものではない。

この国がどのような国になって行くのかを、私たち一人一人はもっと
真面目に真剣に見定めなければならない。
「時代」と「政治」~「環境」~「メンタルヘルス」。
「政治」を生み出すのは、その時に生きている
一人ひとりの「人間」のあり方ではないかと考えている。

今、この国に起きていること、世界との繋がりの中で、
この国が進めようとしていること、
政治屋自身が何処を見て政治をしているのか、それがどんな環境に変化するのか。
「…どうせ何もできないし・・・。」ではなく、
今、目の前に起きている外界の社会環境を、きちんと見て行こう。。。
必ず自分のメンタルヘルスに影響してくることなのだから。


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by h-c-c | 2018-03-11 09:22 | Comments(0)

心が揺さぶられる時

政治家の劣化。
官僚体制の死んだ組織。
俗に言う世界を動かす地位に居て、権力にしがみつく人間の堕落。

それでも、
人間は素晴らしい。
正直、冬のオリンピックは暖かい西日本に生れて暮らす私にとって、
今一つ期待感を持って待ちわびる程の好奇心は無かった。
朝鮮半島の見るに堪えない政治利用の裏工作もうんざりだった。

にもかかわらず、、、、
日ごとにグングン引き込まれていった冬季オリンピック。
終盤には号泣しながら、TVの前で心を揺さぶられている私がいた。
人は、なぜ、いかにして、どのような時に、「心揺さぶられる」のだろうか。
その人の生き方に対して。
たった一つのその命を、一度きりの瞬間瞬間の時間の中で使いきるその生きざまに対して。
一途な姿勢に対して。
ひたむきに挑戦し続けるその姿に対して。
一つの結果は、短時間の内に瞬時に燃え尽きてしまうが、
その輝かしい結果から、
私たちは、そこに辿りつくまでの長い長い苦悩の時間が確かにあった事を思い描くことが出来る。
その行為が、感動を呼ぶ。

一途であること。
誠実であること。
絶ゆまず諦めず遅々たる道を歩むことは、決して安易ではない。
しかし、また、その事なしに、安直に「結果」は得られない。

必ず来る「死」に臨んで、何よりも自身に恥ずかしくない生き方をしたいものだと思う。
「命」を何に向かって使うのか。どのように使うのか。
その生き方の、その姿が、人の心を揺さぶり、人に勇気を与え、人を動かす。

。。。。。
国有地払い下げの問題、公文書の書き換え問題、民主主義が地に落ちて、
この3月、4月の間にこれから何人の血が流れるのだろう。
表に上がらない内にもみ消される職員の命。
人の命も人生も、その背後にある家族のことも思いやれない政治家に、
そもそも国民の安心と安全を本気で守ることなんて、、、、
考えてもいない、としか思えない。



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by h-c-c | 2018-03-09 22:38 | Comments(0)