HCC コミュニティ ひろば

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世界はこんなに近づいたのに・・・

ついさっきまで、・・・だって、お昼には、まだパリにいたのに・・・。
スイスのチューリッヒ経由で日本に帰って来ました。
クリスマスはフランスで過ごしました。
とても荘厳で、パリ、ノートルダム大聖堂のミサに参列のために長蛇の列を組む人たち。
霧雨にけむる石畳はクリスマスの夜を一層美しく輝かせていました。
しかし、
同時に、
そこには、おびただしい数のポリスマンと、銃を脇に抱えた迷彩服の軍人たち。
テロ対策の一環、警備の厳重さ。
その光景は、
日本では見慣れなくて、物々しく恐れを感じずにはいられない感覚に包まれました。

ラインで繋がる幾人かの人たちには、即時に写真画像を送ることも出来ました。
科学技術は、世界中のスピードを速くしました。
あっと言う間に、
まるで、
テレポーテーションのように移動もコミュニケーションもある意味可能になりました。
にも拘らず、、、その一方で、
人の心は自分の穴に閉じこもっているようにも見えます。
憎しみは、
恐怖は、
科学の推し進めるグローバル化に反比例するかのように、
「わたしたち」と「あなたたち」を分け隔て、分断させ、警戒させ、
心を頑なに閉じ込めて行くかのようにも見受けられます。

心の在り方、心の育て方、、、、、。
私たち小さな一人ひとりは仲よくしたいのに、
力づくで幅を効かせる政治家や、宗教の語りに暴走する独裁者たちが、
戦争の危機をあおりながら、憎しみを作り出そうとしています。

負けてはなりません。
騙されてはなりません。
わたしたちは、人の心の柔らかで優しい思いやりを決して忘れてはなりません。
信じる心、繋がる思いやり、
これ無くして、グローバル化に、何の意味もありません。
これを無くしてしまったら、私たちに未来も希望もありませんから・・・。


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22期 実力あるカウンセラー育成講座…終了しました

現場での実践力の更なるクオリティの高さ習得の為にこの一年間は、
特に実技力・応用力の研鑚、訓練、トレーニングに努めました。

そのためでしょうか、
昨日、今年度の講座を終了した時の受講者の皆様の表情は、
これまでの講座の時とは違って、随分お疲れの表情が見て取れました。

そうなんです・・・。
実技実践は疲れて当然だからです。
現実現場で丸腰で対応していくカウンセリングやセラピー場面は、
クライアントの人生岐路、悩み、混乱、苦しみの渦中に立ち合うものです。
真剣に誠実な姿勢で、その場にかかわり続ける60分間のための準備の訓練ですから。
厳しくて当然なのです。

数々の諸理論やさまざまなアプローチを学びながらも、
やはり最も重視されるべきは、それを扱うカウンセラー自身の人間性であり、
瞬時瞬時に変化する自我状態に一致できるだけの冷静さを片方に持ち続けていける力でしょう。

そのためにも、一にも二にも訓練は大事だと、私は考えています。

あなたは、どんなカウンセラーにカウンセリングを受けたいですか?

少し話を聴き始めたらすぐに混乱してしまっていたり、
カウンセラー自身の自分の過去に重ねてしまったり、
話をあちこちに飛ばしたり、
自分の価値観を押しつけてきたり、
占いまがいのアドバイスをしたり、、、、、
エエッ!!って思われるかもしれませんが、
そんなカウンセリングを平気で続けているカウンセラーは、
全国にもたくさんいます。珍しくはありません。

そんなカウンセラーが好きな方は別として、
少なくとも私はそうしたカウンセラーにカウンセリングを受けたいとは思いません。
カウンセリングは、ただ話を聴いているだけではありません。

最初から最後まで、決して外してはならない「傾聴の根幹」を、
自身の実力として、深め、高め、豊かにすることーーーー。
これに尽きるだろうと考えています。

厳しかった一年間、本当にお疲れさまでした。


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在宅介護の色々

要介護度5の母を我が家に連れ帰り、昨日も今日もずっと一緒にいる。

自分では何もできなくなった母と一緒にいるということは、
その母のことを何から何までずっと世話することを意味する。
食事の介助は無論のこと、着がえ、歯磨き、排泄の世話、
起き上がらせ、寝かせ、時間ごとの寝返りの世話。
水分補給、床ずれはあっと言う間にすぐ出来る。
座っていられるのは30分間だけ。
30分経ったら、横にしなければ褥瘙キズが出来てしまう。

認知症の初期頃、まだ足腰が丈夫で徘徊がひどかった頃は、目が離せなかった。
独りで出掛けては帰れなくなり、よく警察や近所の人のお世話にもなった。
キッチンに入ってはガスを付け、火災報知機を鳴らして、セコムからも駆けつけられた。
同じものを何度も何個も買って、今でも我が家にはアイロンが5台ある。

アムエのグループの人に誘われて、
訳の分からない高価なものをたくさん買って箪笥の奥に突っ込んである。

在宅介護は、決して美談では終わらない。
家族であるが故に、その家族が崩壊しそうにもなる。
それでも、当の本人には何も分からない。

介護する側の虚しさと、苛立ちと、切なさだけがつのって来る。
だから、
時期が来るとまた、施設にお願いする。
施設と言う救いの場は、介護者にとっての救いとなっている。

10年前癌で他界した父も、手術入院の時期こそあれ、
基本は在宅で、我が家でその最期を迎えた。
父は、息を引き取るその瞬間まで、意識も思考もしっかりしていた。
良くなる見込みのないことに於いては、限りある時間を共に過ごしたと、
言うだけで、結局は治ったわけではなかったが、
認知症患者の介護とは、まったく違っていた。

病院や施設へ面会に行くのと、四六時中、傍で何もかもの介護をすることは、
とてもではないが比べ物にならない。
私の腰も背中もパンパンで痛みがある。
介護を完全放棄し、親を捨てることを厭わない妹の真意は理解できないが、
私も、正直、今、もう母を余り看たくない。
冷酷な人間だと思われるかもしれないが、母と居ると苦しくなる。
私自身の呼吸が浅くなり、胸がつかえ、胃が痛くなる。

母を大事に想い、母への優しい気持ちを持っていた頃の私は、今はもういない。

明日も母はまだいるが、施設へ連れ帰った時には、
いつものことながら、ホッとする。
これが、未熟で冷淡な人間の今の私の、包み隠しのない正直な本音である。


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