「自由」は尊い。
「自由」を奪われる苦しみは耐えがたい。
しかし、「自由」を御旗に掲げる「民主主義」は、
決して、大衆迎合主義ではないはずであろうと考える。
情報、金融、思想、旅行にしても交友にしても、
現代に於いては、言葉の壁さえなければ、
人は互いに親しく融和出来そうに思えるのに・・・。

なぜだろう???
グローバル化が進み、地球が、世界が小さくなった感さえする今、
個人個人の内側に、強いナショナリズムがうごめき出すのは…なぜだろう???

先の見えない閉塞感。
モヤモヤした不公平感。
リアルに進む二極化に、諦めるに諦めきれない腹立たしさ。
やるせない個人個人が抱える抑うつ感。

近代化が進み、清潔に便利なはずの、一見快適そうな生活スタイルの中にも、
打破しきれない独り一人の人間の心が抱える虚無感は、
なぜこうも拭えないのだろうか?

世界の彼方此方だけでなく、日本国内に於いても、
激しさを増し始めたポピュリズム。

結局のところ、人間は誰もが我が身が最も愛おしいからだろう。
自分を守るために、自己正当化のために、
他者を否定し、批判し、切り捨て、排除し、叩きのめす。

その姿に美しさは無い。
そんな言葉の中に教養の香りはしない。
今こそ、私たちは、自分自身の主柱をしっかり立てなければならない。

どんな考えかた、思想、行動にも、
そこに見え隠れする矛盾のベクトルを見定め、
その上で、尚、
その上で、だから、、、
「わたし」は、こう考え、このように行動すると言う、
主体性を失わない生き方が大事になるのではないかと考えている。



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by h-c-c | 2016-05-16 16:56 | Comments(0)

快晴に恵まれたゴールデンウィークが終わり、
お日様が連休に入ったかのように、雲の覆い尽くす空。
今日も、雨だった。
雨音に耳を澄ませ、目を閉じて、あえて光を閉ざす時、
心の耳が研ぎ澄まされてくる。
雑多にうるさい視覚と共に流れ込んで来る情報音は、意識的に受け入れなくする。
・・・・・
目を閉じる行為は、思う以上に心の耳を鋭敏にする。
わたしの命が、外界の命の声をキャッチする。
本当に欲しいもの、本当に必要な音は、
視覚を閉ざす時、私の心に静かに優しく語りかけて来る。

今日は、EAPの仕事で、某企業でメンタルヘルスのセミナーをさせて頂いた。
ストレスチェックは、その後の対応方が重要であり、
ストレスチェックをすればいい。。。って、問題じゃない。
今日のセミナーが、少しでも受講者の方々にとって、何らかの次への動機づけになれば
私としては、とても有り難く、感謝いたします。

一日の内のひと時に、静かな時間を持つように・・・心がけたいものですね。



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by h-c-c | 2016-05-10 18:59 | Comments(0)