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来月10月からNHK福山の文化講座で
「自分の力を引き出す」・・・を開始します。

心理学とカウンセリング学から理論的背景をしっかり学び込み、
理論学習と演習・実習の両面から初心者の方にも分かりやすく進めます。

性格だと思って諦めている自分流の考え方の癖や、
パターン化した日頃の対人関係・諸事への対応の仕方など、
偏った自己流の認知のありようが、
繰り返してしまう生き難さを生み出していることを学びます。

頭でいくら考えても、
分かったような気になっても、
あなたを作りあげている自我の底に脈々と生きている
無意識のエネルギーは、感情を突き動かし、
行動化として、表情や態度に現れてしまいます。

我慢すること。
無いこと、無かったこと、になんか、できないのです。

心の仕組みを学ぶことによって、自分の問題は自分で解決できるように成ります。
必ず、成れるのです。
生き辛さを手放し、あなたが未だ知らない自分の力を発見するための講座です。

残りの人生に向けて、自身の再構築と、より良い人間関係作りの為に、
是非、カウンセリング講座の扉を叩いてみてください。

お待ちしています。 HCC:講師:馬屋原 眞美子


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by h-c-c | 2018-09-25 20:41 | Comments(0)

「私は私のために私として生きる」
「自分の人生は自分と共にある」
・・・・・
私たちは誰かと競うために生れて来たわけじゃない。
私たちは誰かに評価されるために生きているわけじゃない。
・・・・・
確かに…そう…なのだが・・・・・。

なぜだか誰かの眼が気になる。
何処からか誰かの声が聴こえてくる。
得体の知れない「何か」に振り回される。

地べたに足を付け、地上に生きる人間は、憧れを持って空を見上げる。
果てしなく拡がる宇宙。

遂に人類はスペースXなるものを生み出し、
宇宙飛行士の厳しい審査を受けなくとも、
お金さえあれば、あの月へも行けそうな時代が来た。
…そう、、、お金さえあれば・・・。

子供の頃、試験の点数や、持ち技を通して様々な場面で競わされ、
成人してからは、貨幣経済こそが唯一と云わんばかりの資本主義の渦に
投げ込まれ、溺れ始める。

金持ちと呼ばれる経済社会での勝ち組は、
何処まで行っても飽くことなき欲求に突き動かされ、競い続ける。
一方、
ワーキングプアとの命名を頂いた、
働いても働いても希望の見え難い暮らしから抜け出せない人たち。

宇宙が手の届きそうな所にまで距離感の縮まった今の時代、
地上では、
まともな食事も水も取れない地域に生きる人たちのある国々。
我が国内に於いても、広がり続ける格差社会の現実。

人間としての自分自身の人生観を腹の底に据えて、
与えられたこの人生を、自分らしく生き切ることは、
そうそうたやすくは、ないようだ。





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by h-c-c | 2018-09-19 09:26 | Comments(0)

大好きだった新井が引退宣言をした。
身体が震えるほど胸が熱くなる。
前田が引退した時。
黒田が戻って来た時。

近年野球を知らないカープ女子とかが、チャラチャラしてるより、
ずっとずっと昔から、
弱体カープ、貧乏カープの時代からカープを応援して来た。
市民球場のあの懐かしの球場時代から…。ずっとだ。
中学生の時、女子ソフトボール部を立ち上げたのもその所為だったし。。。

カープと共に喜びの涙、悔し涙を流して来た私は、
強くなったマツダスタジアムのカープに、
正直、以前ほど熱が入らなくなっていた。

新井が金本兄貴の後に次いで阪神タイガースに移籍した時の寂しさは今も覚えている。
タイガースのユニホームで広島の球場に立った新井への
あの露骨なブーイングは凄まじかった。
しかし、再び、新井はカープに戻って来た。

カープのユニホームに身を包んだ新井を、迎え入れ、毎回湧き起した
地響きのような新井コールは、TVを観ていても鳥肌が立つようだった。

私はバカが好きだ。
バカまっしぐらに、とことん努力する人が好きだ。
好きな道に覚悟を決めて、のめり込んでいく愚直なひた向きさが好きだ。

言い訳はしない。
独り唇を噛み、血の出るような涙を流しても、自分の道を究めるために努力する。
そんな生き方が好きだ。

衣笠が亡くなった時、私の中のカープが少し遠のいた。
そして、今日、新井が引退表明をした。
今シーズンの新井の雰囲気からして、もしかしたら・・・?とは、感じていた。

新井には、カープの赤いユニホームが良く似合っていた。

ユニホーム、役、肩書、ペルソナ。。。。。
人はいつか必ずそれらを脱ぐ日が来る。

ありがとう。新井。 本当にありがとう。

今年こそ、カープは日本一になる!!
カープ! きばれ!
新井! 突っ走れ!

・・・空いたカープの一軍のひと席には、・・・誰が?


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by h-c-c | 2018-09-05 16:56 | Comments(0)

長い人生の中では、色んな時期がある。
何もかもが思う以上に上手く波に乗れる時があるかと思えば、
どんなに手を尽くしても、どれもこれもが行き詰ったように感じられる時。

無理やり叱咤激励を自分に鞭打ち続けるばかりが、人生の生き方ではない。

心的エネルギーがどうしても湧かない時、
身体の感覚が重くて、一歩が出しにくい時。
頭からの思考メッセージが、正論を命令しても、気持ちがそちらに向かない時。

どれもこれもが、生きていればこそのこと。

そんな時には、しばらくそこに立ち止まってみよう。
静かにゆっくり留まってみよう。

前や後ろだけではない。
右も左も、、、横もあれば、上も下もある。
そこには、さまざまなモノ、コト、景色もあれば人もいる。

長いようで短い。
短いようで長い時間の流れを生きている私たちにとって、
常に前だけを向いて力強く生きて行くことだけが、最良ではない。

少しずつか、急激にかは、時と場合にも由るが、
人間は、絶えず変化し続けているのだから。

流れに抗うことなく、周期に身を委ねることも、
一つの大事な生き方ではないかと考えている。


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by h-c-c | 2018-09-03 12:41 | Comments(0)

「自分がとても不安定な感じがします。」
「何をどうしていいのか分かりません。」
「昔の自分と比べると変ってしまって行くようで…恐いです。」
「自分のすることは他人には評価されそうにありません。」
「私は、一体何をどうしたらいいのでしょうか?」

カウンセリングの現場で、こうした状況のクライアントに出会うことは、
珍しくありません。

他者の評価ばかり考えていると、
人からの称賛を求める行動選択に明け暮れてばかりいると、
行きつくところは、混乱だけで、
大事なことは何もできなくなってしまいます。
身動きが、とれなくなってしまうのです。

「大事な事」「重要な事」とは、何でしょう?

あなたの人生は、あなた自身が主体です。
社会性の中で、立場を置き換え、視点を置き換えて思考錯誤してみたとしても、
それは、所詮、「自分」という軸からは離れられない、
主観が最後まで付きまとう世界観の中での出来事です。

であれば、
「何をどうしたらいいのか?」ではなく、
「何をどうしたいのか!」

あなた自身は、自分自身として、
本当のところ、
「何をしたいのか!」
「どうしたいのか!」です。

シンプルに、シンプルに、雑念雑音を削ぎ落として、
ピュアに自分の内側の声を傾聴してみましょう。



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by h-c-c | 2018-08-25 11:49 | Comments(2)

「傾聴」・「カウンセリング」・・・。
自分の考え方や言い分を、否定しないで、説教しないで、
口を挟まずに、ただただ聞いてもらうだけで、
人間と云うものは、まず一歩のスッキリ感を体験する。

精神的浄化作用=カタルシス効果 が、起こるから。
気持ちの吐き出しは、それなりに結構な力を発揮する。

なぜなら、そうは言っても、
何も言わずに自分の言い分をただただ聞いてもらうだけ!の
体験さえ、人はそうそう経験していないから。

物理的な観点からすると、
身体内に異物が入ると、人は生命維持の為、吐き出そうとする。
体内には留めない。
吐き出す、下痢をする、体外に出す努力をする。
「想い(感情)」も同じこと。
我慢しすぎて、留め過ぎることは、体調不良を起こす。

カウンセリングは、結局聞くだけでしょ。。。って言う人もいる。
聞くじゃなくて、「聴く」なんだけどなぁ~。
しかも、
その聴くは、、、「傾聴」の本質は、そんなに簡単じゃないから。

カウンセリングには段階があり、
一足飛びには「対決」には行けないけれど、
「オーセンティックセルフ」に到る道を覚悟と共に歩む時、
自分自身の生きる道は、湧き起こる生きる力に支えられて開花する。



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by h-c-c | 2018-08-11 15:00 | Comments(0)

連日、一日に最低でも7~8通の
匿名メールカウンセリングの依頼が送られて来ます。
ごめんなさい。
申し訳ございませんが、
私は20年前からメール及び電話によるカウンセリングは行っていません。
メンタルカウンセリングの実践者としては、
思考によって組み立てられた言語化できる「ことば」には、
それほど重きを置いていません。
人の心の深い部分は、ノンバーバルな表現にこそ映し出されるからです。

無論、人には段階があり、引きこもっていて他者に会うことさえ辛いから、
せめてメールで気持ちをきいいて欲しい。。。そういう人もあるでしょう。
話を聞いてもらうだけでも良いので、、、だから電話で。。。そういう人もあるでしょう。
それは、知っています。

カウンセリングにも、傾聴にも、段階があります。

申し訳ございませんが、私には、対面しないカウンセリングは、
相手の顔が、表情が、観えないカウンセリングは、
出来ないのです。
傾聴も、カウンセリングも、ましてや、セラピーとなると、
その90%以上は、観察とともに進んでいくものだからです。

自分の事です!
自分を本気で何とかしたいのならば、
まず一歩、
動いてください。
カウンセリングのその「場」に出向いてください。

時代を動かした幕末明治の風雲児たちは、情熱と心ざしで、
車も新幹線もスマホも何もない時代に、
動いたのです。歩いたのです。駆け回ったのです。
この国の未来と、この国に生きる民の為に。

メールカウンセリングの依頼を送って来られる方、
「自分自身」のことです。
本気を出して。
覚悟を決めて。

そんなあなたの為に、カウンセラーもまた、本気で誠実に取り組みます。
逃げ腰では、本当のことは掴めません。



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by h-c-c | 2018-08-08 23:27 | Comments(0)

選挙になれば地方に戻り、「お願いします」と頭を下げ、
出来もしない、いえ、そもそもやる気も無い公約を並べたて、
選挙が終われば、国民の税金を食い物にして権力で国政を私物化する。
総理のお膝元、西日本で多くの人が、現在只今の生活に困窮している時に、
議員総数増員を無理やり通そうと企む。
(ちなみに議員6人増員すると年間報酬として1億円以上必要)
来年上がることに決まっている消費税は、政治屋の給料に回すためじゃないぞ!

民主党の野田さんが、あの時、安倍さんと約束したことばを、私たちは覚えている。
しかし、そんなものは無かったかのごとく、安倍は夫婦そろってやりたい放題だ。

国民が置き去りにされていくこの国の政治のありようは、絶対に間違っている。

国民の多くが、何も納得していない森友・加計問題を筆頭に、公文書の偽造、
汚職、モラハラ、パワハラ、ありとあらゆる案件がゴミのように積み重ねられ、
勝手気ままに私物化して行く、今の政権は、一体どこを見て政治をしているのか。

この災害時に、今やるべきことは、カジノ解禁法案か?
経済効果って、何だ?
リスクの方が大きいに決まっているのに。。。
この国を、どうしたいのか?

東日本大震災以降、進まない原発問題。
放射能は、今も垂れ流しだ。

三権分立は形骸化し、弱体化し、
官僚は事務仕事に追い立てられている。
民主主義は数の原理と、ねじ伏せてくる権力の前に息をひそめる。

勿論、私たちも弱過ぎるのだ。

今回のこの、私の暮らす広島県を中心に多くの犠牲者を出した
西日本豪雨大災害の復興は、10年20年では効かず、
建築地盤から見直さなければ、「コアストーン」による地盤地質から、
土砂災害は繰り返されてしまうことを私たちは知った。
広島県内の新しい住宅団地は、確かに山際に多く、
町場であっても、下水管の対応が遅れているところは、簡単に水が溢れる。

個人レベルで出来ることと、公が担うことは自ずと違いがあるのだから。

そんな時に議員定数を増やすだなんて、どの頭での発想か!?!
人口が減り、働き手が減って行くこれからの社会に、
頭数だけの政治屋を増やすな。
まるで、悪徳お代官サマだ。
国民から年貢の取り立てばかりせがむ悪徳代官そのものだ。
役人のはびこる国は、必ず行き詰まり崩壊する。

何もかも、肝心な事が置き去りにされる。
大事な事が、後回しにされている。

個人のメンタルを国家が潰しにかかっている。
税金は、国民の為に使ってくれ。
議員を食わせるために使うな。

こんな事を続けていたら、この国は本当に崩壊する。



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by h-c-c | 2018-07-12 16:11 | Comments(0)

凄い雨でした。
何時間も何時間も雨が降り続きました。
不安と危険の妄想と、成り続けるスマホからの緊急事態通知で眠れませんでした。
それでも、TVは、オウム事件の死刑執行とタイ洞窟の状況ばかりを流していました。
西日本の国民は、軽んじられていると痛切に感じました。
欲しい情報は、入って来ません。
TVが流す少しばかりの被災状況は、まるで、何かの物語を語るかのようでした。

そもそも政治、まつり事の始まりは、地域の住民の命と生活を天候から守る!こと。
これが、起源と聞いています。
人智で抗えないお天道様を前に、畏敬の念を抱きつつ、人生の経験者である老人や、
祈祷師、雲の流れや風の匂いで、危険を読み解く能力の人たちの力を借りて、
多くの民の命と安全を守って来たのです。

ところが、今やどうでしょう。
世界優秀の天気予報機器を開発し、常備させながら、
毎年毎年繰り返される、天災から引き起こされる人災は、年々苛酷さを増しています。

もはや、この国は、日本中何処に居ても安全ではないのです。

考え方を変えましょう。
対応の仕方を変えましょう。
システムそのもの、制度のあり方そのものを変えなければなりません。

さしずめ、甲子園の高校野球、夏にやるの止めませんか?
死人が出ますよ!
甲子園球場のあの暑さは、昔の環境ではないのです。
40℃になりますよ。
愛する孫の応援に行くおじいちゃんや、おばあちゃんは、体力的に限界です。
選手だってきついです。

「秋の甲子園・高校野球」…、ぼつぼつ本気で検討してください。

国の要を司る方々、まずは、国民の安全に本気で目を向けてください。

後手後手の支援ではなく、先手先手の攻略、防衛を!!

。。。私はそのように考えています。

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by h-c-c | 2018-07-10 15:37 | Comments(0)

繰り返される毎日を、あなたは、悠々と生きていますか?

「カウンセリング学」を学ぶということは、
カウンセリングの諸理論の背景にある「心理学」をベースに、
さらに、その基盤にある「哲学」に支えられた「人間」の観方、捉え方等を
含んで学ぶということを意味します。

フィジカルとメンタルだけでなく、それらを左右する各人特有の「認知」の仕方。

「カウンセリング学」を学び続けるということは、
「人生」そのものの捉え方に、大きな気づきと転換をもたらします。

だから、楽しい。
だから、奥深い。
だから、引き込まれ、「自分」自身が、悠々としてくるのです。

しかも、そして、その学びは決して苦痛ではなく、楽しくて嬉しくて納得感があります。

「宗教」ではありません。
規律も、戒律もありません。
何を選ぶかは、各人に委ねられています。
唯一、ひとつの正解があるわけではありません。
絶対主である、誰かの価値観に無理やり付き従うことを強要しません。

それは限りなく自由であり、「自分の人生の主人公である自分自身」に任されているのです。

そんな一人ひとりが、まともな「カウンセリング学」を学び続け、
それを自身の血肉に変えて、カウンセリングの現場に臨み、
間主観的な関係性の中で、クライアントと共に居続ける特別な空間を
『カウンセリング』と呼びます。

カウンセリングとは、決して安直なものではなく、奥深く興味深いものです。


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by h-c-c | 2018-06-28 10:03 | Comments(0)