仏教学とカウンセリング学

心理学を基礎により微細な視点から人間を研究し、独自の理論を生みだし、
さなざまなアプローチでその効果を高めようと試みるカウンセリング学。
多様な考え方から派生するカウンセリングの各種諸理論ではあるが、
自立(律)のための共通手掛かりとして「気づき」をあげることが出来るだろう。
気づき」に向けて「気づく」ということ。
小さな気づきを重ねていく中で、いつしか変容が生じて来る。
気づきとは、悟りに似ていると私は感じている。
小さな悟りであるところの気づきの継続、連鎖が自らの内側をクリーンにシンプルにする。
仏教の中に、
「浄土への道は彼方ではなく、自身の足元にこそある」と説かれている箇所がある。
カウンセリング学の中では、
「自分ではない誰かになろうとする時ではなく、ありのままの自分自身に成る時にこそ変容が起こる」
と、説いている。
自分の内側に既に在る、自分自身の声を聴いて行く時、
今あるそのままで、心の内に平穏な静寂が生れる。
別な言い方をすれば、
「幸福感(浄土)は、自分自身の心の内に既に在る」と、言えるかもしれない。

他人と比べない。
根拠のない価値観に降り廻されない。
自分の創り出した理想像の自分と比べない。
自分に対する無限の叱咤激励から自分を解放する。

「今、この瞬間がすべて。今、ここで、このまま。」
「そのことは、それ以上でもそれ以下でもない。」
そのまま、このまま、ありのまま。。。あるがまま。
幸せも浄土も、それは追い求め、探し求めて、外に外に求めるものではない。
それは、自分の内側に在り、実は既に兼ね備えているはずのものである。
仏教も心理学、カウンセリング学も、精神性に問いかけるものなので、
ここでは物理的、物質的な取得の満たされ感は含めていない点を
ご了承頂きたい。

心の世界、精神世界に於いて、私たちは何時の時も自由なのですから。


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by h-c-c | 2016-06-26 10:34 | Comments(0)