戦争・テロ・芸術

被爆70年。終戦70周年。控え待つオリンピック。
それでも尚、今だ消せない憎しみの連鎖。
戦争は地域紛争から、
更に今またテロと云う、いかようにも正体の掴めない
不気味なものに姿を変え、人間への精神的挑戦を試みる。

綺麗事かもしれない。
嘘っぱちに聞こえるかもしれない。
絵空事の理想論だと一笑されるのが、おちかも知れない。
それでも、敢えて言いたい。
「愛」しかない。
「愛」に始まり、その『愛』を弛まず流し続けるしかない。
「赦しの愛」「育み待つ愛」で緩やかに包み込む。
理想を具現化して行くことは容易くはないが、決して不可能ではない。
私たちは、今こそそれを試されているのではないだろうか。
怒りに憎しみで応酬しても、そこには破壊と行き詰まりしかない。

芸術家たちは、これまで如何に戦争や差別に向き合ってきたのだろう。
武器ではなく、絵筆を持て。
武器を捨てて、ペンを取れ。
怒りは、旋律に載せ、音に彩らせろ。
それらの表現こそが、その人の命の表現そのものであり、生き方そのものと成る。

貧困からの苦しみに絶望感を抱く人、夢も希望も持てず、失うものは何も無いと、
向こう見ずに玉砕化の行為に走る人たちには、教育とチャンスを。
今こそ、
人間が獲得して来たこれまでの智慧の力を、能動的な智慧として使い切る。

テロや恨みや憎しみを、武力や空爆で根絶やしには出来ない。
「愛と祈り」は、そんなにも信頼できないものだろうか???
それでも、私は信じたい。

馬屋原 眞美子


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by h-c-c | 2015-12-08 19:43 | Comments(0)