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日本にとっての8月6日

広島県に生まれ、広島県に育ち、広島県で教育を受けて来た私は、
高校卒業後、広島を離れて大学に進学した時、
原爆投下の日を知らない人(学生)が、
圧倒的に多かった現実に驚いたことを、今も鮮明に覚えている。

広島県では、小学校一年生から、毎年毎年平和学習が行われる。
それは、中国や韓国が、過去の戦争認識を侵略として、
何十年にも渡って、戦争を知らない現代の日本人に謝罪を求め、
タカリ、恐喝まがいのことをする、その行為とは全く違う。

広島で行われて来た平和教育の中では、
アメリカを恨んだり憎んだりする教育は一切行われなかった。

何もかも失い、身体だけでなく、心に大きな傷を受けながらも、
ここから這い上がるために、懸命に前を向いて復興にかけた
被爆広島県人の苦しいほどに切なく、
込み上げる熱い勇気と行動力を学び続けた。

そして、私たちは訴え続ける。
「核なき世界を!」「地上から戦火を消すこと!」を。

アメリカ銃社会の矛盾した混乱ぶりを見れば、一目瞭然のハズ。
銃によって銃の規制は出来ない。
打たれる前に相手を銃で打ち砕く。
武器を手にした者は、その武器に翻弄される。

核によって世界平和が守られることは絶対にない!

「広島の人は『平和のことしか言わない』。」と、茶化したような顔つきで
私に向かって言った人の顔が、忘れられない。
『馬鹿か!』と、思う。
b0122085_22461864.png戦争によって、
ある時から突然に、
自分に繋がる大事な人を一気に失う。
父や母を亡くし、
未だ幼い子供が
独りで人生の荒波に放り出される。
その悲しみや、苦しさ、
やるせなさが分からないのか?
しかし、今も、
世界のあちこちでは戦争が、内紛が続いている。
多くの人は、逃げまどい、
持って行き場のない悲しみや怒りによって、
本来なら穏やかでいられるはずの心を、戦争によって、かきむしられている。

日本人として、せめて原爆投下の8月6日と、
無条件降伏をした終戦のあの8月15日には、
『平和』について、想いを馳せて欲しいと願わずにいられない。

眞美子
by h-c-c | 2013-08-06 22:32
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