家族は家族

今から数年前、日本には奇妙な現象が起きた。
日本人の生活形態、世帯のありように大転換が起きたのだ。
独り世帯が、複数同居世帯数を超えるという逆転現象。
そう、
今の日本には独り暮らし世帯が、圧倒的に多くなってしまっている。
そして、近年社会問題の一つに取り上げられている
「孤独死」から「孤立死」。
さらに、ここ数年見られる「無縁死」。
家制度に守られ、家族代々が共に暮らし、
大勢が食卓を囲んだ日本の家族スタイル。
あの独特の姿。
そのことによって生じるプライバシーの持ちにくい日本の家族形態は、
個室を与えられ、家族間で会話が徐々に減って行く中で、
いつしか、ワンルームマンションという、
一種独特の住居環境の確立に向って今日に到った。
しかし、誰がどう言おうと、
何がどのように変化しようと、
一人で生れてくる人はいないし、誰の助けも借りずに育つ人はない。
どんなに離れて暮らそうと、
何処で、どうやって生きていようと、
家族は家族だ。
世の中が、どれ程グローバル化しようとも、
『私』から始まる最も小さな核、小さな人間社会の基礎は「家族」である。
共に暮らしている事が、素晴らしいのではない。
離れて暮らしていても、繋がり合っている気持ちがあることが大事だと考える。
共に暮らして、愛し合い、尊重し合い、信頼し合っている事は、
無論、何より素晴らしく幸多いことだ。

質量を生みだすことを可能にしたであろうと考えられていた
幻の最後の素粒子、
別名を神の粒子とも呼ばれて、その時を待ち望まれていた
ヒッグス粒子が発見されたが、
それは発見されたのであって、
発明された訳ではない。
それは、
偉大な発見であり、今後さまざまな分野で大きな貢献をするだろう。
こんなことを言うと、叱られるだろうが、
それでも、この、
世紀の大発見と言われるヒッグス粒子だって、
元来在ったものが、仮説的に有るであろううと、想像されていたものが、
証明されたに過ぎないことなのだ。

外に向かって探すことも大事だが、
平坦な日々を生きる私たちは、宇宙と同じく広大な自分の内に向かって
自らが既に備えているものを探究、発見することが大事だと、
心理カウンセラーの領域に立つ私としては考えている。

質量に関わらず、
物理的、物質的環境に関わらず、
目には見えない、
人が人を思いやる心持ち、家族を想う気持ちは、
それが、たとえ時に煩わしいほど重荷に感ずることがあろうとも、
尊いことではないだろうか。
人を想い、想われる…、この関係性が全く無くなるとしたら、
これ程、寂しく空ろなことはない。
家族。。。これまでの自分の家族の事を想い巡らせる時、
もしかしたら、
それは、
うまく機能していなくて、
厭な家族だという思いを持たれている方もあるかも知れないが、
それでも、捨ててしまわないで欲しい。
あなたの命が、あなたの人生が、
そこから始まったことだけは、間違いないのだから。

馬屋原 眞美子
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by h-c-c | 2012-07-08 21:35 | Comments(0)