つづき・・・二

ハワイが、日本人にとって手近なリゾート地のように感じられ始めたのは、
いつ頃からのことなんでしょう。
ハワイに居ると、一種独特な感覚が湧いてきます。
異国であって異国でない感覚。・・・私だけでしょうか・・・。
私の個人的感情が大きいのだろうとはいうことは、承知の上なのですが、
私は、ハワイの地に降り立つと、どうしても真珠湾のイメージが
脳裏のどこかから不思議な記憶と感覚に呼び起こさせられるように広がってくるのです。
生まれて初めてハワイに行った21歳の時でさえ、既にそうでした。
ハワイの真珠湾軍港に対しておこなってしまった、
日本海軍のあの奇襲攻撃が大惨事への始まりであったことは、
今となっては、誰もが知るところではあります。
ただ、そこに到るまで、屈辱的に虐げられた日本人の抑圧的感情が、
パンドラの箱の初めの扉を開けさせたことも否めない事実かも知れません。
それは、個人間レベルであれ、国際間レベルであれ、
人間が人間として扱われない関係を強要され、
一方的に酷使抑圧され続ける時に、ある意味必然的に引かれる引き金かも知れません。
知恵が足りなかったからと言われれば、それもそうでしょう。
長期的展望能力に欠けた一部人の暴走だったと回顧反省するむきもありましょう。
あれから66年。
アメリカは、相も変わらず、常にどこかで戦争を続けています。
誰も頼みもしない世界の警察とやらの名のもとに、
異国の地に押し入っては、その地の文化も人の身体も心もズタズタにし続けています。
アメリカ人が、アメリカの本土において直接的に血をみたのは、
あの9.11.のテロ事件と、本土ではないけれど、
州としてハワイが受けた日本からの奇襲攻撃だけです。
自国が、戦場の地と化すことの本当の苦しみや悲しさを
一番戦争に関わっているアメリカの人たちが実感としては何も知らないのです。
そして、しかも、その経緯がどうであったにせよ、
実験的に、生きているそこに生活している人達へ向けて
原子爆弾を投下するとは、なんたることですか。
何をどう言い訳しても、故意に行った原爆投下への言い逃れの道なんで
断じてあるはずがありません。
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私が、
ワイキキのビーチにぼんやりと立って、広がり続く海を眺めていた時、
その人たちは、声をかけてきました。
「この海の向こうに違う国があって、そこでも皆生きてるんだとね。不思議だな~。」
って、私が言うと、
「そうだよね。地球は丸~るくて、一つなんだから…。」って、
その中の一人の人が応えてくれました。
「海は、こんなに綺麗なのに。何で戦争って終わらないんかなぁ…。」
っとポツリ私の独り言。

・・・つづく・・・
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by h-c-c | 2011-05-27 13:36 | Comments(0)