HCC コミュニティ ひろば

スキー&スノーボード2004-2005

人間の力は不可思議

私の母は、認知症だ。
要介護度はマックスの5。
全介助を必要とし、反応の力も今となっては殆ど空しい。。。
というか、虚しい状態だった。。。
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実は、
母は正月明けにインフルエンザにかかった。
38,8度超えが続き、呼吸は荒く、うめき声を上げ、
幻覚症状からか、見えないものを追い払おうとしたりしていた。
正直、
もし万一、このまま肺炎にでもなったら!?!?!
母を死なせてしまうのかもしれないと不安がよぎり、
隔離室に入院させ、タミフルを5日間使用した。
母も、全身全力で、生きる力を振り絞ってくれたのだろう、
10日間もすると、体力を取り戻してくれ、
私たちは安堵した。
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しかし、
驚くのは、ここからなのだ。
なんと、母は復活した。
去年までとは、打って違って反応がしっかりしてきたし、
話も出来るようになったし、
自分で寝返りをしようと「ヨイショ。ヨイショ。」と掛け声をしながら、
頑張ろうとするのだ。
なんちゅうこっちゃ!
何が起こった!
不思議でならないが、高熱が続いたおかげで、
理解不能な何かが作用し、脳に何か変化が起きたのか?
はたまた、タミフルの所為か???
何の根拠がごもっともなのかは、素人の私には全く分からないが、
これって、もしかしたら、
認知症患者の復活で、学会に発表できるほどのことかもしれない。
・・・なんて、考えたりもしている。

完全にゲシュタルト崩壊に向かい続けていたと見えていた母は、
ここにきて、新たなゲシュタルト能力を発揮し始めた。

何たることか。
昨日も今日も、母と居ながら、大変さに違いはないが、
人間の持つ不可思議な生きる力、底力には感心させられるばかりである。


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# by h-c-c | 2018-02-02 20:16 | Comments(0)

男も女も心の仕組みは同じ

生理学上、機能形態にはそれぞれの役割があり、差異はあって当然ですが、
心の仕組みから見ると、男も女も大差はありません。

心も身体も自己防衛の為に働く基本的な理屈が一つであるように、
男も女も人間同士、そもそもの感情反応は同じです。

誰だって、厭なことされたら辛いし、悲しいし、悔しい。
無視されたら寂しいし、惨めだし、苦しくなる。
一人になりたい時はあるけど、
独りぽっちにされたら、疎外感を感じ、孤立感を感じ、辛くなる。

自分の感情をもっと素直に出しましょう。
男だって寂しい時には寂しいし、悲しい時には泣きたいのです。
女だって怒りが湧けば喚きたい時もあるのです。

感情は、人間共通のものです。
性別によるものではありません。
感情表現が歪められているのは、間違った価値観を刷り込まれているからです。
女は。。。じゃなきゃいけない…とか、
男は。。。であるべきだ…とか、、、。

高齢化社会はますます進み、
長い時間生きることが許される時代になりました。
と、いうより、死ねない時代に入って来ました。

時間が、ずっとずっと有るのです。
共に生きて行くこの時間を、同じ人間同士として、
分かり合おうとする大らかさを身につけたいものです。

セクハラ!に極端に目くじら立てていると、
好意を持った純粋な感情までもが歪められたり、
圧し殺されてしまいます。

もう少し余裕を持って、
もう少しだけ緩やかに、
やさしく…ゆったり…できないものですかねェ~~。


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# by h-c-c | 2018-01-30 22:11 | Comments(0)

心も身体も仕組みは同じ

自分を守るのは自分である。
インフルエンザもノロウィルスも外側から攻めてくる。
私たちの身体は、自分を正常に戻すために、
発熱する。
下痢をする。
苦しいけれど嘔吐して、自分に不要なものを外に吐き出す。
身体の防衛機能が働いてくれる。

辛いことが重なる。
嫌な目に遭う。
悲しいことが続く。
自分以外の外界からの刺激は、自分が望む望まないとにかかわらず、
否応なしにやってくる。
・・・そんな時・・・、
心に重なる辛さには、
呑み込む。
我慢する。
辛抱する。
独りでずっと抱え込む。

こんなことしてて、身体に言い訳がない。
だからといって、
心に攻め込まれた辛さは、
何か別のことで気分転換したからって、治(おさ)まるものじゃない。
上手くじょうずに自分の気持ちを外に吐き出す。
・・・それは、
話すということ。
しゃべるということ。
語るということ。

それをちゃんと受け止めて聴いてくれる誰か。
傾聴してくれる人がいる時、
このことをカタルシスと呼ぶ。

カタルシス・・・それは、
浄化・排泄を意味し、
古代ギリシャでは医学的に病的な体液を体外に排出することとし、
東洋医学、鍼灸でも、瀉血として今も実施している。
罪からの魂の浄化としたピタゴラス学派。

そして、心理学の世界では、
抑圧し、無意識の層に留まり続ける精神的外傷によるしこりを
ことば・行為などによって、安全な場で、健全な形で
外部に吐き出させようとする浄化作用だとしている。

いずれも、大事な自分を守るための大切な方法である。





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# by h-c-c | 2018-01-24 21:02 | Comments(0)

何もかもがストレス!!って、ホント?

はっきりした根拠のない通り魔事件。
殺人事件になってしまうこともある。
強盗に入ったり、他人に暴力をふるったり。
万引きしたり、大声出したり。
突然、あり得ない行動をして周囲の人を不安に陥れる。
そうして、、、
逮捕されると、多くの挙動不審者は決まったように言う。
ストレスがたまって、むしゃくしゃして、、、、、。
それに対して、、、
   「やっぱ、不景気のせいかな?」何て言う人もいるけど。。。

???そうですか??? ほんとうに・・・?

ストレスのない人なんていません。
イライラすることのない人もいません。
人は誰もが、何らかの心配事、悩み事、鬱々とした感情を抱えています。

では、問題行動化に走ってしまう人には、何が欠けているのでしょうか?

私個人の想像の範囲では、「孤立感」「疎外感」は、大きな要因ではないかと。
独りで抱え込み、本心を語れる相手、率直な自分の感情を話せる相手を持たない人。
独りでドンドン内側に籠り、自分の方から周囲に壁を作ってしまうから・・・・・。

内側に溜まりこんだエネルギーは、我慢の許容を超えて、遂に!!!!

だからね、誰かに話して、自分の中のガス抜きを上手に。
溜め込まないでください。
聴いてくれる人を一人でいいから、作りましょう。



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# by h-c-c | 2018-01-18 21:46 | Comments(0)

1995年と云う年

23年前の1月17日は、私の中にあった価値観を一つ大きく変えた日として、
あれからずっと、今日も今も私の生き方を動かし続けている。
あの日の夜明け前、4階の寝室にいた私は大きな揺れで飛び起きた。
毎日を当たり前のように過ごして来た私の中で、その時から何かが確実に動き始めた。

被災地に物資を送り、陸路の困難な中、仲間たちと現地入りした。
現地で触れたその時の感覚は、今でも体中の細胞が記憶している。

その頃私は既にカウンセリングの勉強をしており、
関西のカウンセリングメンバーから心理支援の応援に呼ばれた。
その後に起こる、オウム教による無差別殺人地下鉄サリン事件。

私は、自分の無力さを嫌と言うほど思い知らされ、
「傾聴」ひとつまともに出来ない自分の到らなさを実感した。

絵に描いた餅、机上のテクニックなんて何の役にも立たない。

生きるということ。
死ぬということ。
目の前で、大事なものがもぎ取られていく現実。
壊れて行く、崩れて行く、・・・・・失うこと。

この時、私は自分の行動そのものに命を吹き込まなければ、
何の力にもならない現実を思い知らされ、
この「東中国カウンセリングセンター」を立ち上げた。

本気のカウンセラーを、実力あるカウンセラーを、
クライアントのニーズに対応できるカウンセラーの育成を!!

人は必ずいつか死ぬ。
別れは必ず来る。
形あるものは壊れ、崩れ、姿さえ消す。
形あるものを超える「何か」…、大事なものはここにある。

当カウンセリングセンターは、あの1995年をきっかけに
私の悲願と決意の下に誕生した「カウンセラー育成」を最も主眼とした
施設なのです。
Since 1995 5月 設立。 ・・・あれから23年。
従って、東中国カウンセリングセンター23期に入ります。

カウンセリングを始め、誰かの何かに役立とうと志す心理支援の仕事は、
他者の為に役立ってこそナンボノもんです。
学んだら実践を!
インプットしたらアウトプットを!
社会に還元してこそのスキルですから・・・。





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# by h-c-c | 2018-01-17 17:30 | Comments(0)

本当にやりたいことがあるのなら…

成人式だった。
二十歳をもうとっくの昔に通り過ぎた人も、
まだその入口に立ったばかりの人も。。。
「今」を生きていることだけは、ともに等しい。

若いということは、未来に向けて時間がある???ということ。
しかし、
若さの陰には未熟さも含まれるため、そこには同時に不安もある。
経験も少ない。
お金もない。
知人も少ない。

それでも、やりたいことがあるのなら…。
やってみた方が絶対に良いに決まっている。

そしてそれは、いつの時代の何歳の人でも同じではないだろうか。
仮に、家族の為の責任を背負って、
一時期やりたいことを後回しにして、生きて来たとしても、
一通りの役目を終えて迎えた「今」から「これから」に向けて、
まだ、やりたいことがあるのなら…、
本当にやりたいことがあるのなら…、
自分の命を、自分に与えられた時間を、やりたいことの為に使いきる。

老いるということは、時間も体力も減ってくる。
しかし、
経験は豊にあり、若い時に比べれば、お金も人脈も増している。
たとえ、明日世界が終るとしても、、、
いいえ、
いつ世界が終るかも知れないこんな時代だからこそ、、、
自分の命を、この身を使って、自分の出来ることを社会に還元させて、
「生きる」。
その時、自分の命は、積極的に社会に繋がって行く。

本当にやりたいことがあるだけでも幸せなこと。
本当にやりたいことは、やってこそ、ナンボのもん!!

やりたいことがあるのなら、今年こそは思い切って
是非、「行動」に移しましょう 。。。。。



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# by h-c-c | 2018-01-08 22:33 | Comments(0)

三が日、世界中がそこそこ平和だった!?!

お正月の三が日は、特別何事もなく、世界はそこそこ穏やかに過ぎた。
・・・・・、そんな感じがしている。
政治が動いていなかったから???
政治家たちが、お休みしていてくれたから???

どうなんでしょうね???
ホントのところ、どうなんでしょう???



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# by h-c-c | 2018-01-03 22:58 | Comments(0)

節目の儀式

地域、文化は違えど、人は、何かの節目に当たって儀式を行う。
儀式は、そこに人を集わせる。
そこに集う行為にこそ、意味があるように思える。

お正月、母と共に過ごしている。
全介護の母への対応にもすっかり慣れて来た。
私のペースも確保出来ている。
正月ならではのお雑煮は、小さく切っても喉にお餅を詰まらせる危険があるので、
うどん麺を細かく刻んで、お雑煮のだし汁で置き換えてみた。
母は喜んで、美味しそうに食べてくれた。

皆さまも、それぞれにお揃いで良いお正月をお迎えのことと思います。
揃っているという事、揃えるという事、
集う人がいるという事、
これは、本当に幸せなことなのです。
当たり前なんかじゃなくて、その一瞬は、奇跡的な集いなのです。
心から感謝し、喜び合いたいものですね。

今年も、喜びの多い年でありますように・・・・・。
何気ない一つひとつを愛おしく感じ受け止めることが出来ますように・・・・・。



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# by h-c-c | 2018-01-02 21:35 | Comments(0)

平成30年…明けましておめでとうございます

時間は止まらない。
地球の自転は…、公転は、少なくとも今のところは止まらない。
時代は移り行き、平成年号になってからの30年間の生活環境は、
これまでにないスピードで変化し続けて来た。

人間の生み出したものによって、
人間は不安定で危うい環境に身を置かねばならなくなりつつある。

人格とは何か。
正義とは何か。
公平さとは何か。
努力は報われるのか。

時に空しさに押し潰されそうになろうとも、
この小さな歩みを一歩一歩続けていきたい。
家族がいる。
友人がいる。
仲間がいる。

信じる道を、信じる人たちと共に、今年も歩んで行こう。
残る命とこの時間を、ゆっくりでいいから信じる生き方で歩んで行こう。
祈りを込めて、除夜の鐘をついた。

こんな私ですが、
今年もよろしくお付き合いくださいますようお願いいたします。



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# by h-c-c | 2018-01-01 23:23 | Comments(0)

世界はこんなに近づいたのに・・・

ついさっきまで、・・・だって、お昼には、まだパリにいたのに・・・。
スイスのチューリッヒ経由で日本に帰って来ました。
クリスマスはフランスで過ごしました。
とても荘厳で、パリ、ノートルダム大聖堂のミサに参列のために長蛇の列を組む人たち。
霧雨にけむる石畳はクリスマスの夜を一層美しく輝かせていました。
しかし、
同時に、
そこには、おびただしい数のポリスマンと、銃を脇に抱えた迷彩服の軍人たち。
テロ対策の一環、警備の厳重さ。
その光景は、
日本では見慣れなくて、物々しく恐れを感じずにはいられない感覚に包まれました。

ラインで繋がる幾人かの人たちには、即時に写真画像を送ることも出来ました。
科学技術は、世界中のスピードを速くしました。
あっと言う間に、
まるで、
テレポーテーションのように移動もコミュニケーションもある意味可能になりました。
にも拘らず、、、その一方で、
人の心は自分の穴に閉じこもっているようにも見えます。
憎しみは、
恐怖は、
科学の推し進めるグローバル化に反比例するかのように、
「わたしたち」と「あなたたち」を分け隔て、分断させ、警戒させ、
心を頑なに閉じ込めて行くかのようにも見受けられます。

心の在り方、心の育て方、、、、、。
私たち小さな一人ひとりは仲よくしたいのに、
力づくで幅を効かせる政治家や、宗教の語りに暴走する独裁者たちが、
戦争の危機をあおりながら、憎しみを作り出そうとしています。

負けてはなりません。
騙されてはなりません。
わたしたちは、人の心の柔らかで優しい思いやりを決して忘れてはなりません。
信じる心、繋がる思いやり、
これ無くして、グローバル化に、何の意味もありません。
これを無くしてしまったら、私たちに未来も希望もありませんから・・・。


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# by h-c-c | 2017-12-27 22:40 | Comments(0)



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