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??? Jアラート送受信訓練 ???

平和に暮らしているのに・・・。
先の大敗戦をくぐり抜けた先人たちの語り尽くせない辛酸な体験の上に、
あれから72年間、頑なに築き守り続けたこの平和は、
決して生易しく簡単に手にしたものではないはずなのに。

愚直に、平和を訴え続け、
核なき世界の現実を願い続けたヒロシマを拠点とする
日本の多くの国民は、
ただ今を平和に暮らしているだけなのに。。。

わけの分からない、完全に頭の狂った極々一部の権力者によって、
Jアラートシステムを活用させて緊急避難訓練を行う方針が決まった。

何するの? 何すりゃいいの?
どうするの? どうすることが正しいの?

Jアラートが鳴ったからって、緊急避難情報を受信したからって、
一体どうすりゃいいのか・・・、全く、分かりません!!
我が家にシェルターは有りません。
近所に防空壕もありません。
丈夫そうな建物に避難しなさいって言ったって、
建物なんて吹っ飛びますから!

わたしは現在、広島県に暮らしています。
広島は、今年やたら賑やかです。って云うか・・・騒がしいです。
夏前から、カープ、カープ!「私たちは、真っ赤な細胞でできている!」
なんて、テレビから流れ出るメッセージを聴きながら、
セ・リーグ連覇へのマジックを、早々と点灯させています。
高校野球では、広陵(広島)が秀岳館(熊本)を破って2回戦を突破しました。
そんな広島県は、楽しく熱く、平和に暮らしているだけなんです。

万一、北朝鮮ミサイルが発射されたら・・・。

明日から・・・、
私の暮らす中四国地方では、Jアラート訓練が開始します。


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by h-c-c | 2017-08-17 20:35 | Comments(0)

心の奥深くに抱いて生きるもの

どんな生き方をしようが、その人生はその人のものですから、
自由だ!と云われてしまえば、それまででしょうけれど。。。。。
怒りを、憎しみを、攻撃性を。。。胸に抱いて生きる生き方。。。
エネルギッシュで、荒々しく、躍動的かもしれませんが???


わたしは近頃、しみじみと感じます。
大人として生きる多くの人の心の奥深くに、
誰もが抱えているものは、「かなしみ」ではないかと。

人が人として生きて行く時、そこには静かな「かなしみ」の在ることを。
「かなしみ」は、悲しみ、哀しみ、愛しみ、として、人の心の奥深くに
ずっと、ずっと、在り続けるのではないかと。。。

愛ゆえに悲しいのです。
愛ゆえに切なく、愛ゆえに哀しみを覚えるのです。

それは、決して激しい怒りでもなければ、
ましてや憎しみなんかではありません。

時が流れます。
時の流れは、さまざまなものの形を変え、忘れさせようとします。
町並みは姿を変え、そこに行き交う人も、既に今は無く、
ふる里は、あの懐かしい匂いさえ消し去ります。
そんな自然の行為に抗うかのように、
人はより積極的に、その記憶を留めさせようとします。
そんな無意識の行為が、まるで反比例するかのように、
なお一層、
人はそれによって置き去りにされて行きそうになる自分自身に、
そこはかとない哀しみを抱くのかも知れません。

「かなしみ」は、愛ゆえです。
「かなしみ」の感情を豊かに育ててゆきたいと、祈っています。


時間は歴史となり、多くの事々を流し消し去り、
忘却の中で、赦しをもたらしてもくれます。
それでも、人はなお、深いところに「かなしみ」の感情を沈めています。

だからこそ、人は優しくなれるのでしょう。
「かなしみ(悲しみ・哀しみ・愛しみ)」は、美しいものです。

哀しみを知らない人はいません。
大人になって、心の奥深くに哀しみを抱いて生きるからこそ、
人は静かに命の灯りを燈しながら、大切な誰かに優しくなれるのでしょう。



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by h-c-c | 2017-07-31 20:32 | Comments(0)

認知症に全身麻酔

6月21日の朝一で大腿骨周辺の外科手術をして頂いた。
平素が認知症で介護支援の無い状態では生活できない母だから、
さまざまなリスクをしょっての手術に関して、
正直始めは躊躇したが、何と言っても、
手術をしなければ痛みが取れない!と、いう一点に私の選択決断が、
実施に踏み切らせた。
骨が折れている状況は、
脂汗が出て、血圧を200近くにまで押し上げるほどの
「とても痛い!」という苦痛が伴うのだ。
何としても、痛みからは解放してあげたかった。
しかし、その後だ。
母は、全身麻酔と認知症の併合からか、譫妄状態を今、さ迷っている。
食事は2時間弱かけて、私の介助で、食べるのだが、
初日は、呑み込むという行為を忘れている様子だった。
二日目の昨日も、箸が持てない。と、言うより持ち方が分からない様子。

今は、輸血も続いている。
それでも、痛みは消えているので、点滴の管等を外そうとしたり、
ベッドから降りようとして目が離せない。
本来が、外科病棟なので、病院による細やかな介護は望めない。

看護はしても、介護はしない、そんな感じを受ける。
ごもっともと云えば、ごもっともなのかもしれないが、
家族としては、にわかに承諾しきれないモヤモヤ感が残る。
私としては、断れる仕事はお断りをして、
出来る限り母に付き添っている状況となる。

まあ、一週間もすれば、徐々に脳の機能は元に戻るらしいのだが、
そもそものその、元に?と云うのが、認知症状態だったので、
どの辺りが元なのかも、定かになりにくい。

しかし、ただ、命は在る。

痛みから解放され、幼子のように、自分の現状認識の出来ない中で、
自分勝手に自分が動きたいように動きたがる、
外からのお願いや、働きかけは一切通じない、私の母は、
今、まさに、ここに居る。
記憶は薄れ、判断力を失い、周囲との疎通は困難を極め、
一方的な欲求だけが周囲を混乱させる状況は、
有意識と呼べる自我からは程遠いが、
嬉しそうに笑ったり、急にぼんやりしたりするその姿は、
何かを超えて、
ここに在り続けることの意味を私に教えようとしているように感じる。

今日は、これからまた輸血だ。


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by h-c-c | 2017-06-23 11:14 | Comments(0)

なんだ かんだ あったとしても・・・

カウンセリングが続いています。
さまざまなケースに直面します。
「幸せが、とても遠くにある気がします。」
「いくら頑張っても報われません。」
「自分のことに少しけりがついたと思ったら、今度は子どもです。」
「どれだけ尽くしても 更に要求されて、もううんざりです。」
「自分が居なくなったって、悲しむ人はいません。」
・・・・・いろんな想いを抱いて、苦しみながら送る人生。

妄想のような幸せなんて、そもそも始めっから有りませんから。
振られたって、別れたからって、あなたが愛を注いだ事実は無駄にはなりません。
心配も、迷惑も、愛の一つの形です。
あなたがやりたいことを、やりたいように、あなたの歓びとしてやることが大事です。
自分は自分の命の責任者として、自分のために生きているのです。
自分が居なくなって一番悔しい思いをするのは、きっと、自分自身です。

結局のところ、全てのことは、廻り廻って自分の元に戻ります。
そしてそれは、自分の人生の糧となるのです。
命をふくらませ、生きている実感を強くします。
「今」が、大事です。

なんだ、かんだ、あったとしても、今、生きているじゃありませんか。
それも、これも、生きていればこそのことです。
息をしている。
心臓が動いている。
風を感じる。日差しを感じる。
それで十分じゃないですか。
足元の、まずそこから。。。
その「今」に、この「今」に・・・OK!が出せますか?
OK!を出してみましょう。
何かが違って見え始めませんか。。。


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by h-c-c | 2017-05-11 21:26 | Comments(0)

無限の住人

暦の上の大型連休が、やっと過ぎ去った。
私には、連休も何もなく、ずっと働いていた。
連休中に、講座、ワークショップ、カウンセリング、出張の評価鑑定。
連日何らかの仕事に絡み、家族のために食事を作り、
飛んでくる黄砂の合間をぬって洗濯物を干したり、母を見舞ったりした。

そんな中でも、映画を見に行った。
木村拓哉君主演の『無限の住人』だ。
んんんん…、正直言って、感想は・・・。

私がここ近年観た映画の中では、122.png 122.png 122.png 大変 ガッカリ!なものでした。
それは、木村君の問題でもなく、他の出演者の人たちのせいでもなく、
ただただ、監督とその編集の問題だと感じたのだが。。。。。

とにかく無用に、やたらと長い。長すぎる。
2時間半もの間、斬って斬って斬りまくる ぶった斬りシーンの連続。
それも、相当やばく エグイ 残虐的映像。

編集で、思い切ってカットしてまとめれば良かったかも知れない。
三池監督が、木村君を好き過ぎて、木村君の熱のこもった太刀のシーンの
何処の場面もカットし辛かったのかも知れないが、
それならそれで、もう少し内容を膨らませるというか、
もうひとヒネリ深めて欲しかったと思う。
エンドロールに流れる音楽がとても良かった。

それでも、お時間と懐に少しの余裕がお有りであれば、
是非、会場に足をお運びいただければ…、と思います。
(息子たちに言わせると、「かあさんの、木村への目線は家族か親戚のおばさん的だね。)
・・・とのことですが。。。

そして、
ある時、あることから、不老不死の身体となる万次、、、、、
死ねないことの辛さ、
生き続けなければならない過酷さ、
その命、誰のために使うーーーと、問うのだが、
。。。。。。。
主人公万次の言葉を借りて言えば、
「死ねるおめぇらは、幸せもンよ。」
。。。
「不死身って、死ぬほどめんどくせぇ!」

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by h-c-c | 2017-05-08 11:12 | Comments(0)

笑う門には福来り

今となっては、老人会にも出席出来なくなった母ですが、
毎年の老人会費だけは、今年もお支払いに行きました。

楽しい老人川柳が、貼り付けてありました。
楽しくて、大笑いしました。

色々と悩ましいことは、後を絶ちませんが、
何はともあれ、笑って過ごすが一番の幸せ!!

そこに張り付けてあった川柳は、

『できました 老人会の 青年部』
『目覚まし時計 まだ鳴らぬかと 起きて待ち』

まだ他にもあったのですが、覚えているのはこれだけです。

せめて一日数回は、声を挙げて笑いましょう。
笑ってるだけで、幸せな気分になれます。
その時は、命もきっと喜んでくれているはず。
命が輝いている瞬間です。




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by h-c-c | 2017-04-28 19:04 | Comments(0)

権力者の生き方

私はね、本質的には、成人した人間の、
その人の人生はその人ものだから、どんな生き方をしようが、
他人がとやかく言っても仕様がないし、口出ししたからと言って、
それで何かが変わるとも考えてはいないのね。
あの世があるのか、天国と地獄があるのかどうかなんてことも
分かんないのね。

ただね、確かなことがあるとしたら、
今回のこの人生は、今を生きているこの命の在るうちだということ。
そして、この命は、自分が創り出したものじゃなくて、
何かによって生み出され、創り出され、許されてこの世に今在るということ。
そんな凄い命を、私たちは、自分に与えられた人生と云う時間軸の中で、
何のために、誰のために、どのように使うのかっていうことが、
私の自分の命に報いていくことではないかって考えてる・・・っていうこと。

嘘を一度もつかないで生きるなんてことも出来っこないし、
自分を中心に主観的に事態を捉えると、人間は嘘つくつもりじゃなくても、
自己防衛や合理化によって、結果的に真実から離れていく時だってあるわけでしょう。

それでも、
肩書きを欲しがり、権力を手にし、税金を喰って、
自らが公僕に身を置いた人間の生き方は、
自分勝手に好きにやっていいですよ…!って、訳にはいかないでしょう???
って、考えてるんですけど・・・どうでしょう。。。。。

好き勝手やりたいんなら、まず、そこ(税金喰ってる立場)から、
一線を画した後にするべきだと考えてるのね。
国民、県民、市民に方便とは明らかに違う、大ウソをつくことは、
断じて許されないことだと考えてるの。
自分の懐に溜めこむばかり考えてるような人は、はなからその資質は無いのよ。
不倫しようが、何しようが勝手なのよ。
それは、全く個人的な問題だから。

でもね、税金喰ってる輩なのよ。
日本中の政治は、国も地方も情けない程堕落してるし、機能不全になってることが、
本当に辛くて、悲しくて、情けないのね。
人体で言えば、脳のところ、思考の部分が仮死状態なんだもの。
脳死は、死亡じゃないってことからすれば、そんな政治状態でも、
各末端の細胞部分である、名も無い私たち独り一人は、不公平感極まりない毎日を、
けな気に、ひた向きに生きているのに。。。。。ねっ!!
だからこそ、
結局ね、
生き直しの出来ない今回の自分の人生を、
自分の命を、どう使い切るのか。
そこが、大事なんじゃないか…って、考えているわけなんです。

嫁のジュリは、フランスの選挙に参加したいと、今、パリに帰っています。
ただ、彼女の応援してる方は、劣勢です.....
そして、
。。。既に敗退しました。”””パリっ子魂が活かされない!と、嘆いています。
145.png 143.png 143.png 145.png 153.png 153.png 145.png


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by h-c-c | 2017-04-24 12:58 | Comments(0)

この世界の片隅に…

静かな、それでいて ひたひたと心に迫る映画でした。
そして、そこに描かれていたのは、紛れもなくこの国にあった事実です。
広島と呉を中心に描かれていますが、多くの人の生活は、
おおよそ それほどの違いなく、誰もが営んでいた日常です。

私の母は、海辺の町に生まれ幼少期をそこで暮らします。
実家は、時計屋さんでした。
豊に暮らしていたそうです。
父親を亡くし、戦争で思いもよらぬ人生を余儀なくされ、母親は右腕を失います。
まさに、この映画「この世界の片隅に」と重なる場面が多かったです。
それだけに、身につまされる感情が動きました。

高齢化が、社会問題のように扱われていますが、それはどうなんでしょう???
今、80歳を超える多くの人たちにもあった青春時代は、
戦争と云う特別な時間の中に翻弄されました。

昨日も母と色んなお喋りをしながら、大声で笑うことも出来ました。
生きていると云うこと。
今、共に居ると云うこと。
その事が、こんなにも不思議で、幸せだなんて・・・嬉しかったです。



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by h-c-c | 2017-02-07 19:17 | Comments(0)

立春の声を聴きながら

かれこれ5か月ぶりでしょうか?
コミュニティへの書き込み・・・チョコット再開しようかなぁ~なんて。。。

新しい年も明けたので、一昨年前になりますが、
色んなことが重なって、2015年の一年間は、殆ど病院に通い詰めていました。
私自身の年齢や、人生の周期も重なったのかもしれませんが、
少しずつ行動の異変を感じる母を見て、脳外科でCT検査を受け、
はっきりと海馬の委縮を見つけ、認知症だと判明された2011年から、
2008年に他界した父の会社の後継者としての仕事と、
カウンセリングの仕事を続ける中で、同時併行的に襲ってくる、
逃げ場のない母の介護という連続の日常は、精神的消耗が大きかったです。

私は、女二人の姉妹の長女です。
二人きりの妹は、実母である母の介護を放棄しています。
それに対する怒りは、私のストレスの大きな量を占めています。
認知症で、徘徊を繰り返し、出かけては帰れなくなり、
警察や、消防署の方々のお世話にもなり、
近所の人からも徐々に忠告を受けるようになりながら、
同じものを何度も幾つも買って来ては、汚物を彼方此方に隠しまわる生活の中、
私には続けなければならない仕事も日常も有り、母と共に暮らしながら、
母との関係を壊してしまう私の苛立ちと醜さと、こみ上げるイライラの怒りは、
私が私自身を攻撃する葛藤と自己否定の毎日でした。

そうした中で、1週間だけでも良いから母を看て欲しい、助けを借りたいと
妹に願いましたが、はっきり冷たく断られたあの瞬間、私は一気に胃痙攣から胃潰瘍になり、
救急処置で病院に入りましたが、逃げるようにその場から立ち去った妹は、それっきりです。

三男の結婚式は、そうした最中のめでたく、晴れやかな事でした。
無論、認知症の母も黒留袖に身を包み、
列席同席しましたが、様子は半分も呑み込めていないようでした。

時間がかかりました。

そして、昨日、ファミリーコンステレーションで、今の母の想いを知りました。
そのワークの中では、母は、私のことは、見ていませんでした。
と云うより、自分の子供、娘たちのことには、頓着していませんでした。

母は、自分自身の(母の)母親への想いをつのらせていました。
当たり前ですが、母には母の人生があり、母は、自身の母親への想いでいっぱいのようでした。
戦中、戦後の貧しさと厳しい環境の中で、長女であった母は、
彼女なりの考えで、辛抱し、耐え忍び、一家を支えようとして来ました。
そこで見つけたのは、母が、自分の母親に一度も甘えて来なかった姿です。
さらに母は、早婚で私を産み、その後姑から実家への帰宅は許されず、
早くして他界した実母の看病も許されず、死に目にも遭わせてもらえない人生でした。
母の哀しみを知りました。

立春です。
私の心の中に在った頑なな想いも、今、少しずつ溶けかけています。
甘えることを知らなかった母に、
甘えることが出来なかった母に、
わたしだからこそ出来ることも・・・きっと…有るでしょう。。。


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by h-c-c | 2017-02-06 11:45 | Comments(0)

手紙

私は、近頃、あえて手書きで「手紙」を送ることに努め始めました。
メールは速いです。
SNSでの応答は、何だか大急ぎです。
スピード、便利性、お手軽さ、、、、。
・・・・・それでも、そこにはどうしても見つけられないものがあります。

今日は敬老の日。

私は、
今は亡き父や、今ではペンも筆も持たなくなった母の代わりに、
彼らがかつて交流していた方々、
お世話になった方々に、筆かペンで手紙を書くように
心がけています。

何日か後に、丁寧なお返事をいただきます。
恐縮します。

b0122085_17163620.jpg
 その昔、とても達筆だったあの方も、今の文字は、その頃とは違っています。
 けれど、そこには、
 確かにそれぞれの時間を生きて来られたその方の息遣いが
 文字を通して伝わってきます。
 そこには、心が、想いが、懐かしさが、温もりが溢れています。
 涙が流れ、そのお手紙をじっと抱きしめます。

 母も、昔は習字が上手で、特にかな文字は絵のようでした。
 それでも、今は、鉛筆でも上手く文字が書けません。
 筆圧は弱く、何より文字を忘れています。

人の人生って、何なんでしょう?????

表面上の文字や、言葉を超えて、その人の今を伝えてくれる
「手紙」を、これからも、少しずつ書いて行こうと考えています。

時代に逆行しているのかも知れませんが、
時代に流されてしまうのは・・・厭!です。
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by h-c-c | 2016-09-19 14:43 | Comments(0)


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