タグ:人類 ( 5 ) タグの人気記事

すべては「自分=わたし」から・・・

「人間」は、とてつもない知識を手にしているにもかかわらず、
なぜ、誰もが本質的な部分で変容しないのでしょうか?

私たち人類は、誰もが皆、
何百万年もの時を生き、進化を経験して来ているはずなのに。

いかに歴史に学び、行く先を予測しようとも、
だから、「自分」は、どう生きるのか?・・・

すべての事々は、「自分」から始まるのだとしたら・・・。

ただただ聴きましょう。
注意深く聴きましょう。
ただただ観察しましょう。
静かにゆるやかに観察しましょう。

・・・それだけのことです。


[PR]
by h-c-c | 2017-07-26 21:05 | Comments(0)

しっかりしろ!わたし!…言ってはみるものの。。。

飛行機は、一日に一体何人の人間を移動させているのだろう。
国境を超えて、人は行き交い親密さを増し、新たな縁を絆に変えていく。
電波は、一瞬のうちに地球の裏側にでも私の声を届けてくれる。
今や宇宙ステーションを持つまでになっている人類。
宇宙ロケットから観る地球に国境なんて無い。
なのに、
なのに、
それなのに。。。
文化や秩序を守り、国民に安全や安心を約束する
「国」とか「政府」なんてものが、今となっては???
逆にちょっと厄介で、様々な問題をより複雑にしているような感じさえする。

貧しさが直接的に人を不幸にする訳ではないが、
貧困感、差別感、疎外感、孤立感は、人を不幸にしかねない。
教育が直線的に教養へとは昇華しない。
詰め込んだだけの知識が安直に智慧には育たない。

人間の豊かさとは何なんだろう?
人類そのものが、次なる共有の価値観を持つことは不可能なのだろうか。

新時代に私たちが立ち向かうには、
不信感や不安感、恨みや妬みとの付き合い方なのかも知れない。
それは以外にも近くにあったりもする。
恨む人は、その人の尺度で、勝手に恨むのだから。

これから寒い冬に向かう季節の中で、
あなたの隣にいる人が、コートを脱いだその下に、
自爆テロの爆弾を身体に巻き込んでいるとしたら・・・、
前から歩いて来る人が、いきなりナイフで切りつけてきたら・・・。
電車のホームに立っていて、突然後ろから誰かに突き飛ばされるとしたら・・・。
そんな猜疑心を何処かに抱きながら暮らさなければならないとしたら・・・。
これは、たまったもんじゃない。

私たちは、今までナンテ幸せに暮らしてきたんだろう。
根拠のない無意識的な信頼感が、こんなにも幸せだったなんて。。。

身近には、
介護に疲れ果てて、すべてが破綻に向かう道しかないような
閉鎖的な選択肢の中に追い込まれて行く人たちが後を絶たないこの国で、
私のモチベーションは下がりっぱなしだ。

しっかりしろ! わたし!・・・って、
無理矢理自分を鼓舞させてはみたものの。。。
・・・んんんんん・・・ なかなか。。。
心に力が湧いて来ない・・・
最近ずっとこんな感じ・・・困ったもんですね 057.gif 008.gif 015.gif 025.gif 008.gif 057.gif


[PR]
by h-c-c | 2015-11-23 22:22 | Comments(0)

教養って何でしょう?

人類は何処へ向かっているのでしょうか?
地球は狭くなったのでしょうか?
世界はそんなに近づいて来たのでしょうか?

この地球上に暮らす多くの人間の中には、
従来とそれ程違いのない暮らしぶりをしている人もたくさんいます。

世界各地の少数民族や部族の人たち。
この小さな日本だけにしても、昔ながらの生活様式をしている人は、
未だ遺す日本の原風景とされる里山に暮らす家族の姿に、
限界集落と呼ばれるに到ってしまった村のお年寄りの暮らし振りに、
今もしっかりと根付いています。
一見文明から取り残されたように見えるかもしれない
その生き方の中に居ればこそ、
深い繋がりと、分かり合い助け合いながら生きる
温かな体温を感じる「現実」があります。
そこには、腹の底からの笑い声が、大地に野山に響き渡ります。

しかし、一方で、
駆け巡るネット世界の無秩序で無防備なこの氾濫振りはどうでしょう。
サイバーテロは、戦争です。
最終的には、人類全体を巻き込む事態に到る可能性を秘めています。

スパイの内部告発。
反体制に向けて暴動を起こすも、抗議するも、
その様は、もはや自由を超えて、あまりにも騒乱状態です。

文明は、教養に比例しません。
知識があるからと言って、教養があるとは言い難い人が余りにも多過ぎます。

誰もいない部屋にこもって、現実の誰とも繋がっていなくても、
手元から簡単に、指先一つで世界を混乱に貶めることが、
もはや可能となってしまった現代です。

名も無い、たった独りの誰かが、
世界をひっくり返すことが出来る時代に入っています。

一人の人の内側に抱いているものが、
今ほど大事に考えられなければならない時代は、
かつて無かったのかも知れません。

そうした視点から考える時、
今と言う時代は、人類が次のステージに向かうにあたって、
初めて体験する「時」のような気がします。
[PR]
by h-c-c | 2013-06-18 23:51 | Comments(0)

時は優しいのか?容赦ないのか?

河が流れ、風が吹くように。
振る雨も止み、雲に隠れた太陽もいづれ再び陽を照らすように。
留まらない。
何一つ留まらない。
時は、常に流れ、移り行く。
厳しかった猛暑も、少しずつ少しずつその姿を遠のかせ、
日照時間は短くなり、朝夕の空気は、
もうすぐそこまで来ている秋の気配を私たちに告げているかのようだ。

半年が経つ。半年が来た。半年が過ぎた。
2011.3.11.東日本大震災のあの日から…。
生きている地球。そこに生きているさまざまな命。
命の繋がり合いの中で、私の身体に、あの日からずっと「ある」反応が有る。
何のとも言えない、言葉にならない虚無感だ。
虚しさと、気だるさと、身体の何処かに鉛を抱えたような、
重苦しくて、どんなに消そうとしても、
どうやっても完全には払拭できない何とも言えない哀しみが有る。
なぜだろう。
私の抱えるこの感情は、一体何処から来るのだろう。
時が流れれば、いつの日かそれは薄らぎ消えて行くのだろうか。
時は優しく包み込み、流し癒してくれるのだろうか。
…とても、そうは思えない。
時は、容赦なく流れ、進む。
静かに留まることなど許してはくれない。
付いていけないものは置き去りにされる程に、時の流れは容赦ない。
被災地は…、被災地に取り残された、か弱き人たちが、置きざれにされて良いはずはない。

そして、さらに、もう一つ。
私には、命の呼応の感覚として、この度の災害が、
なぜだか世界異変への序曲に感じられてならない。
自然災害だけではない。
内乱、革命、テロ、金融不安、経済の混乱、難民、飢餓、伝染病…。
生きているのは、「人間」だけではないこの地球上で、
「人間」は、人類として、何処へ、どのように向かおうとしているのだろう…。

馬屋原眞美子
[PR]
by h-c-c | 2011-09-10 21:13 | Comments(0)

明日が見えるか?

悲惨な映像と情報が、繰り返し繰り返し私たちの手元に届く。
一方、あの苛酷な状況の中から救出され生還される方々の姿に
感動の歓びが湧き上がり、畏敬の涙が頬を伝う。
天災、人災に関わらず、
生きている以上、私たちは常に、
望みもしない現実に向き合わなければならない事態に直面する。
自分の生き置かれた現実に、目を背けずに、
そこに居ながら、「今」をきちんと見つめつつ、
同時に尚、
明日を見ることが出来るか?
たとえ、どんな事態を突きつけられようとも、
それでも、ちゃんと明日が見えるか?
熱い心を抱きつつ、冷めた頭で考えられるか?

戦争と闘争の時代に別れを告げ、理性と調和の21世紀が来る と、
然したる根拠もないままに、心の何処かで憧れにも似た期待感を持っていた。
にも拘らず…、
……21世紀は、とうに始まっているが…、

人類にとって、人間としての真価を問われる
次のステージに進むために、
もしかしたら、私たち日本人は、
人類の次のステージへの道しるべとして選ばれたのかもしれない。
驕った考え方かもしれない。
しかし、そうでも考えなければ、
今回の出来事はあまりにも過酷過ぎて、納得できない。

私たちは、哀しいほどに自分本位な考え方をする。
殆どの時、自分中心にものごとを見てしまう。
自分の時間軸、「私の人生」と云う短い時間軸でものごとを捉えると、
この世で遭遇することは、
理解できないこと、納得できないことだらけだ。
今回1000年に一度の大震災。
千年単位では、ある意味当然のごとく繰り返されて来た
地球規模での時間軸で捉えるならば、
私たちの、私の、この人生が、丁度そこに重なったにすぎないことになる。
地球は、あらゆる命を育んでいる。b0122085_20521318.jpg
決して人間だけの為にではない。
不謹慎だと言われるかもしれないが、
この度の、この事態に遭遇したことで、
長年歴史的な背景を含めて、
険悪な関係を引きずり、
政治や国民レベル交流だけでは
決して払拭出来なかった中国や韓国の人たちが、
「日本人」に対して
明らかに今までとは違った視点で見始めている。
弱虫で、お人好しで、負け腰のダメな日本人。
バカで、自分の意見も考えも持たない
アメリカのコバンザメ程度の日本人…などと…、
これまで、さんざんボロクソに言われ、なめられて来た経緯がある。
しかし、
少なくとも、今、それは、変わりつつある。
本当に強い人間とは、日本人のことだ!!とさえ言っている。
そんな賞賛を頂いたからと言って、
それに胡坐をかくのではなく、
だからこそ、今こそ、大和魂を心に秘める日本人として、
人類のこれからの生きる姿を指し示す道しるべになれるよう、
「いのち」に対して今一度、
謙虚に歩み始めるきっかけにして行けるならば、
これに勝るこの度の事態への意味づけはないのではないかと感じている。

いつの時にも、闇は夜明け前が、最も深く、最も暗い。
しかし、どんな時にも、必ずそれは夜明けを連れて来る。
明日は、そう・・・必ず、きっと・・・明日はある。

HCC:馬屋原 眞美子
[PR]
by h-c-c | 2011-03-14 20:59 | Comments(1)