お詫びと訂正

昨日書きこんだコミュニティへの文脈について、
一部誤解をお招きするような箇所があったようです。
「混乱させてごめんなさい。」「ご心配をおかけして申し訳ございませんでした。」

私、馬屋原眞美子は、現時点では癌患者ではありません。

文脈中の[ 私が生み育てた・・・・・] とか [ 私の中にある・・・] の書き方は、
[ 人間各自が・・・・・] とか [ その人自身が・・・・・] に
置き換えて書いた方が良かったようですね。

何人かの方々から、ご心配のメールやお電話をいただく事となり、
お手数を煩わせました。

本当に、ごめんなさい。

再度、お伝えいたします。
若干くたびれて、疲れてはいますが、私は至って元気です。
ご放念ください。

ありがとうございました。
・・・眞美子・・・
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# by h-c-c | 2008-08-20 11:49 | Comments(3)

命ってなに?

「命」は、ただ生きようとしているだけ。
どんな命も、命ってやつは、ただただ生きることを繰り返しているだけ。
それは、良い・・・悪い・・・じゃなく、ただただそうしているだけ。
そんな気がする。

思考が、想念が、思い込みが、勝手に「生きたい」だの「死にたい」だのと言う。
動き続ける細胞は、そんなことは何一つ言ってない。
胃も心臓も肺も肝臓も腎臓だって、
人間の体のすべての臓器は、ただ黙々と生きることを続けている。

じゃあ・・・、
だったら・・・、
『癌』は・・・どうなの?

ガンと呼ばれるその命さえ、実は、
ただただ生きてるだけなんじゃないのか???って、
・・・そんなふうに思えてきた。

人は、自分にとって都合が良かったり悪かったり、
自分が好きだったり嫌いだったりすることで、
自分中心にあれやこれやと考える。
勝手気ままに考える。

私の中に生まれた命であるならば、それが、ガンであろうが何であろうが、
私のものだ。
私が生みの親だ。
私の中で生きている。
他でもない私が育てている。

癌の命が、元々在った私の細胞を攻撃して殺したとしても、
それは、私の内で起きていることであり、それを含めての私の人生だ。

インフルエンザ、新種のウィルス。
外部から私の中に侵入してくるものに対して、
私の中の優秀な防衛隊たちが、怯まず攻撃を開始する。
免疫機能とやらを使ってだ。

しかし、
癌は違う。

これは、私の体の中で、私が生み出したもの。
それの生みの親が私なので、私の中では、
攻撃したりしないんじゃないか・・・出来ないんじゃないか・・・そんな気がする。
だから、どんどん増殖する。

ただ、細胞の分裂ペースが全く違うから混乱が起きる。

「癌」は、なぜ、こんなにも生き急ぐのだろう・・・?

細胞レベルだけではない。
ゆっくり、人生を味わいながら日々を送る人。
やたら評価を気にして、外側に付けるもの(地位・肩書)をいっぱい欲しがる人。
休みを惜しんで、がむしゃらに働いて、生き急ぐ人。

こんなにも価値観の違う人たちじゃ、一緒に居ても疲れちゃう。

ペース・調和・サイクル・リズム・・・・・。
太陽だって太陽のペースで生きている。
潮の満ち引き、月の巡り。
みんな、それぞれのペースで、ただただ生きている。

命には命が繋がっていく為の、それぞれのペースがあるんだ。

よくは分からないけれど、
もしかしたら、今この時でさえ
自分のペースで増殖を続けているかも知れない
父のお腹で「生きよう!」としている癌細胞がいるのだとしたら、
癌細胞のことを考えながら、、、。

父のお腹の辺りをパジャマの上から眺めていたら
・・・そんなことが思われてきた。

私は、確かに疲れている。
暑いし、忙しい。
だから・・・頭も少しおかしくなりかけているのかも知れない。
変なことを考えているのかも知れない。
・・・・・だけど、、、まだ、狂ってはいないと思う。

馬屋原眞美子
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# by h-c-c | 2008-08-19 16:07 | Comments(0)
2008年。
今年の盆が暮れる。
花火大会も終わり、夏祭りの提灯飾りも片付けられていく。
日中の暑さが、心なしか和らいできた感じがする。
夏も盛りを超えたのかもしれない。

帰郷していた息子を駅まで見送りに出た。
今年は、父の容体の緊張感もあり、お盆には大勢が集まってくれた。
暑さも、父の容体も、ひと山去った今、一人一人が夫々の日常に戻って行った。

我が家の中も、父の容体はそのままに、普段の生活に戻って行く。

ひと時の静けさが心地よい。

乗車率190%の新幹線で、行き帰りする者も大変だが、
受け入れをする家族の側も、非日常的な数日間には、それなりに疲れるのも
正直な感想ではある。
しかし、それにしても、
盆、暮れに、皆が一堂に集うと云う事は、喜ばしい行事だと、
今更のように、
日本人のこの風習をしみじみと嬉しい気持ちで味わっている。

祭りの後の静けさには、言葉に尽くせない寂しさが伴う。
言いようのない気だるさに似た・・・寂しさだ。

静けさは心地よさと同時に、この空虚感を連れて来る。

・・・・・・・・・
平和の祭典オリンピック。
この祭りが終わった後、北京を中心に中国は、何を味わい、
何を見つけるのだろう。

少しずつ、少しずつ遠のく今年の夏を肌で感じながら、
そんなことを考えている私が居る。

From Mamiko
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# by h-c-c | 2008-08-17 22:19 | Comments(0)
   中国は北京の空に 日の丸 の国旗が揚がり
           君が代が流れる
   観衆は小旗を振り、歓喜を上げて 抱き合う

  甲子園球場では地元の各高校が白球を追って
     汗と泥にまみれて全力の限りを尽くす
準々決勝、準決勝、と自県の高校が姿を消していく中で
 人は自分に縁の深い馴染みのある高校を応援する

この日のために、努力奮闘し、謙虚に技を高めてきた姿は
     応援する者の心を純粋に感動さてくれる
         スポーツは、かくも美しい

平和の祭典が「オリンピック」とは、本当か? 問うてみたい。

それは、常に、同時に、そこに、在る。
良いも悪いもなく、ただただ同時にそこに在る。
片方だけ・・・「良いだけ」とか「悪いだけ」ということはないのだ。

純粋な声援、熱心な応援は、時として
いとも簡単に愛国心から国家主義にすり替わる危険性をはらんでいる。

オリンピックに華やぐ陰で、同時期にロシアとグルジアの軍事衝突が起こっている。

人間の意識の心理的中枢にあるものが、
形を変えて見せ方を変えているに過ぎない。
このことを深く知り、覚えておかなければ、
終戦記念日の今日は、
またいつの日か巡りくるかもしれない・・・そんな危険性を感じさせる。

人間とは、誠に不可思議で複雑怪奇、それでいて限りなく愛おしく切ない。

今日も青空は広がり、照りつける灼熱の暑さの下で私はアスファルトの道の上を歩いた。

・・・眞美子・・・
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# by h-c-c | 2008-08-15 22:42 | Comments(0)

脳の記憶

つい今しがたまで、父の足を擦っていた。
7年前、脳梗塞に倒れ、その3年後には、脳出血にも見舞われた父は、
左足に若干の痺れを抱えながら生活して来ていた。
その足を父は、「痛い。痛い。」と常々口癖のように言っていた。
痛かったのだと思う。
気持ちの悪い、何とも言えない痺れにも似た痛みが、切れ間なく続いていたに
違いないのだろう。
7年近く、毎週2-3回のペースでフットマッサージを受けるために、
マッサージの方に来て頂いていた。


しかし、今、主治医の先生方、入院先で手術の執刀にも当たってくださった
先生方は、口を揃えておっしゃる。
「もう、痛みはないはずです。」「恐らく痛みは無いと思います。」
「脳が痛みを覚えているんですよ。だから、ご本人はそう感じていらっしゃるのでしょう。」と。

そうなのかも知れない。
先生方がおっしゃるように、医学的見地からすれば、
もはや痛みがあるとするのは違っているのかもしれない。
ただ単に脳がそのように記憶しているだけなのかも知れない。

しかし、大事なのは本人の訴えだと、私は考えている。
本人が、「痛い!」と言うのだ。
それは、もしかして、
その事によって、傍に居て足を撫でて貰いたいだけなのかもしれないし、
独りになる心細さと、言いようのない不安から「痛い!」のことばを借りて、
誰かにタッチしておいて欲しいだけなのかも知れない。

・・・、そんなことはどうでもいいと、私は思っている。

職業的な性からか、ついつい分析的になりがちで、
あれこれ詮索したりする自分がいることには、
我ながら“自分”が、鬱陶しくさえなる時がある。

父の足元を擦りながら、静かに寝息をたてている父を見ていると、
小学校の運動会、親子徒競争で父の背中に負われて走ったことが急に思い出されてきた。

私は、第一子の長女である。
幼い頃の私は言えば、とてものんびり、おっとりで、
徒競争の意味さえ知らない幸せな小学校一年生だった。
競争の意味を知らない私は、ニコニコ周囲を見渡しながら嬉しそうに、
ただただゴールに着けば良いのだろうとばかりに
駆けっこを楽しむような女の子だったと母は話していた。
父は、
もともとスポーツマンタイプの人で、自分では徒競争で2位になんかなったことがない。
1位しか知らない。と、いうような人だったらしい。
当然、私の走りっぷりなど、もっての外、有るまじき行為であり、情けないと嘆いていた。

二年生になった時の運動会のことである。
午後から始まった二年生の親子徒競争の時、父が言った。
「この背中を目がけて、マミコの全力で走って来い。走るとはどういうものか教えてやる。」と。
私には、ことの全容はよく分らなかったが、
生まれて初めて、私の全速力とやらで走ってみた。
にもかかわらず、横並び6人でスタートした私が父の背中に負われたのは、
ビリから2番目の5順位だったと記憶している。
私を背中に乗せた父は「しっかり持っとけ!」と言うが早いか一気に駆けった。
父の背中にしがみついていた私は、息をするのが苦しかったのを覚えている。
父は、あれよあれよと言う間に、前方の全ての親子を抜き去り、
1位でゴールのテープを切った。
『・・・あぁ・・・、これが一等賞ってことかぁ~・・・。』
私が、生まれて初めて一等賞の感激を味わった瞬間だった。

今、歩くこともままならない父の寝息を聞きながら、
思い切り走り続けてきた父の足を撫でている。
『ありがとう。おとうさん。』 『ありがとうございました。』
これより他、言葉が何も見つからない。

・・・眞美子・・・ 私はあなたの娘です
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# by h-c-c | 2008-08-13 15:34 | Comments(2)
  北京オリンピック。 夏の高校甲子園。
      暑い、熱い、今年の夏。
若い命と情熱は多くの人を勇気づけています。


コミュニティの広場へ、携帯メールへ、個人メールへ、更には電話で・・・、
温かな皆様からの励ましと、労いのご親切なお言葉をいただきながら、
私と云う一人の人間が、どれ程多くの人たちによって支えられ、今在るのかを
改めて、感じ取っています。
「本当に、ありがとうございます。」心からお礼申し上げます。

私たち人間の肉の眼は、いつも外を見ています。
顔の両側に付いた耳は、外からの音を聞いています。


眼に映るものだけ、耳に聞こえるものだけを、縁(よすが)とする暮らしが、
どれ程私たちを本質から遠ざけているかに、殆どの人は気付かない。
全てのものは、常に同時にそこに在り、それは常に完璧であることを、
私は今、父の在宅ターミナルケアを送る日々の中で、理屈でなく、体感している。

四月に胃癌の一部を残したまま、術後生活を送っていた父に七月末、急変が生じた。
下血が始まったのだ。
7月31日の朝、
血便による父のパジャマと下着の汚れから、それは、発覚した。
隠したがる父ではあったが、顔と腕が異常に白く、
不安を感じた私は、直ちに父を車で病院に運んだ。
緊急入院、応急処置の後、数日点滴処置を続けていた頃、
何かを感じ取ったのだろう、
父は、自力で点滴の管を外し、
「家に帰る!」「家に連れて帰ってくれ!」と言い出した。
確かに、病院に居たところで、治療は点滴対応しか道がなかった。
興奮を治め、話し合った結果、
在宅での終末医療・・・在宅ターミナルケアを選択することに決めた。
一人では何も出来なくなった父だが、
床に横たわりながらも、それでも父は、今、家族の真ん中に居る。

点滴は在宅でも出来るが、輸血になるとそうはいかず、一時入院での対応となる。
8月10日、午後3時頃、私は初めて救急車の助けを借りた。
父を搬送するために・・・だ。
その時、血圧は既に60に近づいており、顔面は、真白。
酸素吸入をしながら、指定病院に運んで頂いた。
それから、一晩掛けて1200ccの輸血。

顔は、ピンク色に戻り、言葉もきちんとしゃべれる。
食欲も出て、「マンゴージュースが飲みたい。」「プリンが食べたい。」などと迄言う。
翌日、我が家に帰り来て、介助はするものの、一人でお風呂にまでも入ってしまった。

・・・・・
「おやすみなさい。」と言って眠りに就くいつもの何気ない生活で、
私たちは、翌日の目覚めを疑うことは、通常殆ど無い。

しかし、実は、これはとんでもなく奇跡的なことなのだ。
父は、今それをリアルに見せつけてくれている。

輸血をしなかったら、恐らく父はもう、この世の人ではなくなっているかもしれないのだから。
しかし、輸血という行為のお蔭で、父は今も目の前に在り、私たちとおしゃべりをする。

私たちは往々にして、『命』のことを語る時、
肉体という眼に映るものを介して、生きているとか死んでいるとか言っている。
・・・本当に・・・本当にそうだろうか・・・。
命とは、そんなものなんだろうか。

生と死の狭間を生きつ戻りつしている一人の人間を目の当たりにして、
私は、身体全体で、全感覚を通して『命=霊性』の不思議を実感する毎日である。

父は、叫ぶ。怒鳴り散らす。自分本位に我がままを言う。
癌による下痢と下血の便は、筆舌に尽くしがたく臭い。

しかし、それは肉の父の姿である。
私は、今になって初めて、父の芯が見えてくる。
「芯」とは、父の「命の種」そのもの、霊性と呼べるべき部分である。
それは、完璧に輝いており、そこには、何一つの陰りが見えない。

身体は既に衰え、朽ち果てて見えようとも「命の芯」は、そうではないのだ。

人間の身体なんて、所詮ドーナツみたいなものかもしれない。
皮一枚の皮膚に守られて、外界と区別され、口から肛門まで空洞の穴もまた
外界に繋がっている。
まるでドーナツの身に当たる部分が、身体と呼ばれる所であり、
そこが、痛んだり傷ついたり、鍛えられたり衰えたり、・・・。
だが、人間が面白いのは、そのドーナツが、単純なドーナツではないから、
泣いたり、笑ったり、喜んだり、憎んだりしながら、
その人と、呼ばれる誰かに成って行くところ。

眼を耳を自らの内に向けるとき、命の本質が見え始めて来た。
それは、今まで学んできたことが、試され、確証され、応用されていく日々の連続である。
理論や思考を超えて、実践を通して突き付けられ、昇華させて行く日々である。

今確かに、物理的、環境的には大変厳しい時期ではあるが、
見方を変えれば、有り難い良い時期を与えられたとも思える
大事な大事な時間であることに、この上なく感謝している。

この機会に、人が『存在』とする、と云うことについて、深く感じていきたい。

皆様の優しさと、思いやりに感謝しながら、
また少しづつ、書き込みしていこうと思っています。

馬屋原 眞美子

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# by h-c-c | 2008-08-12 18:50 | Comments(0)
『暑さ』が、追いかけて来ます。

「暑い」「暑い」と言ってみたって、何の足しにもならず・・・。
だから、気分を入れ替えて・・・。
とは、考えるものの、所詮考えてみるだけで、やっぱ!暑い!ですね。

私は今、プライベートで、とても大変な時期にいます。
暑いからではなく、その事の重大さと得体のしれない不安のために、
ここ何日かまともな睡眠をとれていません。

正直、少し参りかけています(><)

もう、書き込む気力も無くなってきたので、今日はここいらで失礼します。

まみこサンでした。

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# by h-c-c | 2008-08-06 14:54 | Comments(5)

G8サミット???

昨日、仕事で岡山まで車で出かけた。
ガソリンはレギュラーで、1L.あたり¥180。
CO2を撒き散らしてしまった。007.gif

カーナビで最短距離を指定してみた。
高速は使わないで、R2を中心に走った。

すっごく暑かったけど、エアコンを使わないで
窓を思いっきり開けて風を受けながら走った。
景色もいつもとは違って見えた。016.gif

G8?サミット???。
一体何をするんだろ???。。。。。
私たちとは全く別の種族が『命』とかけ離れた次元で何かやってるみたいだ。

地球を守るなんて、偉そうなこと言わないでほしい。
だって、私達人間の方が、地球を借りて住まわせて貰ってる身なんだから。

この星に住む、他の住人たち・・・
動物や植物や水や空気たちと仲良く暮らして、
人間が人間として、生まれてから死ぬまで、
人間らしく暮らせるようになれば、051.gif
この星は、それだけで十分居心地いいんじゃないのかな???
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# by h-c-c | 2008-07-06 18:28 | Comments(0)
隔年で開催されています
『「日本トランスパーソナル学会」の大会』今年は第8回目になります。

時は、2008年7月12日(土)~13日(日)の二日間。
会場は、東京。
千代田区永田町、国会議事堂傍の星陵会館です。
今大会のテーマは「信頼への祈り」~Simple Trust~。

競争を基盤とする個人主義の行き過ぎからか、格差が広がるばかりの状況下で、
多くの人が言い知れぬ「孤独感」「疎外感」に苦しめられています。
人と人の関係はギクシャクし「嫉妬」「恨み」「猜疑心」「執着」・・・等々、
歪みを帯びた心性が生み出す特異で凶悪な犯罪は後を断ちません。
現代社会の中で、様々に失われつつある「信頼」。
失われた「信頼」の輪を回復することは、
今を生きる私たちの大きなテーマになりつつあります。
そのためにもまず、自分自身への信頼を。
さらに、自分から他者へ、地域、社会、自然、宇宙への信頼を。
この「信頼」を取り戻すことなくして、希望ある未来を思い描くことはできません。
そのような認識の下に、今回第8回大会のテーマ「信頼への祈り」は開催されます。

HCCコミュニティ広場をご覧の皆様、
是非、
2年に一度のJTA(日本トランスパーソナル学会)の大会にご参加ください。
会場で、皆様とお目にかかれますことを、
楽しみにしています。。。。

詳しくは、JTAにお問い合わせください。

。。。。。まみこ・・・でした。。。。。

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# by h-c-c | 2008-06-28 12:39 | Comments(2)
ジトジトと蒸し暑いこの季節。窓の外はナニゲに憂鬱な感じもしますが、
心の中は違います。今年の六月は違っています。
なぜって、カーーープが頑張ってます053.gif・・・・・から。

残念ながら私の好きな大竹は思うような成績が残せていませんが、
これから・・・これから・・・、と信じ応援しています。
(将来黒田のようになってもらわないと困ります)

昨日は、期待していた前健こと前田健太が物凄いピッチングを見せてくれましたね。
これからを大いに期待したいですね023.gif(後は出て行かにように祈るだけ)

とにかく今年の夏は暑くなりそうです058.gif
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# by h-c-c | 2008-06-19 19:10 | Comments(2)

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by h-c-c