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HCC コミュニティ ひろば

いよいよスタート!『21期実力あるカウンセラー育成講座』

毎月、毎月21年間続けて来たカウンセリングの研修会。
地方に居ながらにして、上質な学習内容を、
クライアントのニーズに応えられるカウンセラーになれるように、
エビデンス・ベースト・カウンセリングを可能にするために、
カウンセリングの諸理論、演習、カンファレンス、
心理学に関する継続的な研鑽の場を、との純粋な想いから立ち上げた
有資格者を対象とした「実力あるカウンセラー育成講座」。
共生・共育で相互に能動的に学び合っていく講座。
開設以来、毎年15~20名の参加者の人たちと、真摯に研鑽を積んできた。

色々、本当に多くのことを学び続けて来たもんだと思う。
ずっと、ずっと、毎日毎日勉強しながら、
東京、名古屋、大阪を始め、
神戸、広島、博多、松山には何年も通った。
時に遠く海外までも、たくさんのセミナーにも参加しながら、
アメリカにもヨーロッパにも出掛けたよ。

たくさんの人たちに支えられながら、自分も本気で、ずっとやって来た。
そうして「今」がある。
私は、自分が学んだもの蓄えたものに惜しみをかけたことはない。
なんでもかんでも、伝えてきたよ。
掴んでもらえたかどうかは、分かんないけど。

以前、資格に頼るな、とか、資格に惑わされるなとか、言ったけど、
勉強だけは絶対にしなきゃいけない。
学ぶことを疎かにしては、絶対にまともな実力は付かない。
基本、勉強が嫌いな人は、どのジャンルに於いても難しいかもしれない。
独りよがりで自分勝手で無責任なスタンスで、他者の誰かの人生に関わったりしちゃいけない。
「勉強」の意味を理解していない人に出逢うこともあるけれど、
「勉強」って、覚えることじゃないし、暗記できないから…とか、
訳分んないこと云う人もいるけど、点数のために勉強する訳じゃないし、
資格は最低限必要だけど、そっから先は、どこまでも終点のない学びの世界。
だからこそ面白い。
だからこそ魅力的。
心理学のカウンセリングの世界は、魅惑に満ちている。
だから、私は大好きで、どっぷりハマってしまった。

そんな私が惚れ込んだ「トランスパーソナル心理学」の、本質に触れて欲しい。
近づいて欲しい。
それは、生きていく中で出逢う多くの事ごとに対して、
その出来ごと、人、相手、あらゆるものの見方が、違ってくるため、
人生の、命の、運命自体の受け止め方が必ず変わってくるから。

今週土曜日4月9日から、いよいよ今年度の講座がスタート!
単発でも参加可能なので、
時間が許し、興味関心がお有りの方は、是非ご遠慮なくTEL.かメールで、
ご一報を!
この一年は、トラパを中心に一年を通して講座を進めていきますから。
そして、このスタイルでの講座は、今年度をもって終了します。。。から・・・。


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# by h-c-c | 2016-04-07 22:59 | Comments(1)

パナマ文書流出

人は、なぜこんなにも堕落しやすいのだろう。
政治家は、始めっから、金の蓄えと権力の勘違いと、自堕落な人間に
落ちぶれていくことを前提にその職業を利用するのか?!?
否!いな!否!、、、と、信じたい。
お金に罪は無い。
お金は空気や水と同様に、
人間が作り出した近代の経済社会に於いては、
必要であり、大事なものであり、使い方しだいでは、
真に価値ある次につながるものを生みだす。
どんなものでも、物に罪があるのではなく、
そこに介在する人間そのものに問題がある。
今、日本に於いても今までになくマスコミ報道のあり方が問われ、
政治の介入が取りざたされている。
そして、ここに来て、世界を唖然とさせるパナマ文書流出の件だ。
どうした!?!
どうなってる?
国民に経済的な耐え忍びを求めながら、
ロシアもフランスも中国も、経済界ではなく政治家の名前が
あれよあれよと流れ出て来る。

使えもしない金を澱むように溜めこんで、
国民が苦しんでいても、不平等でも、あいつらにとって、
・・・・・国民を利用してるだけなのか?

なんかもう~~~、!!!! うんざりだ!


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# by h-c-c | 2016-04-05 21:48 | Comments(0)

「発達心理学」に「空」を重ねてみる・・・

人の人生における生涯発達を「精神保健」と併せて「発達心理学」の
面から見ていくことは、直接的に「人」に関わる立場の人間にとっては、
押さえておかなければならない必要不可欠な課題である。
人は生涯を通して発達、変化し続けるが、
人が、発達、成長、変化していくと言うことの中には、
出来なかったことが、出来るようになるようになることばかりではない。
仏教思想の中心概念に「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」の三つの法門がある。
心理学のみでの見解に立つと、発達心理学に流れる脈絡は各個人の
無意識に埋もれながら、その人特有の反応、反射、対応の仕方を生むこととして、
理解されていくこととなる。
そこに更に、「諸行無常」・「諸法無我」で云うところの
「空」の理論を重ねてみる。
本来、「空」の思想とは、仏教におけるところの時間論である。
「空」を解くカギは、「時間」にある。
時間と云うものの本質を「空」と云う言葉で表している。
時間と云うものの中には、「変転変化していく」と云う意味があり、
何ものも変化しない、固着した空間の中に於いては、時間と云うものは存在しない。
それは、静止し、停止した状態であり、時間存在を見出せない状態である。
万物が変転し、流転することによって、初めて時間と云うものが発生しうる。
従って「空」の思想とは時間論と置き換えて考えることが出来るかもしれない。
ここで云う、「空」のニュアンスは、「色即是空・空即是色」とは、微妙に異なる。
 
 胎児期ー誕生ー乳幼児期ー学童期ー青年期ー壮年期ー中年期ー老年期ー死
 生成 ー 発展 ー 衰退 ー 枯死 ー 消滅

カウンセリング現場で対面するクライアントとの関係性に何を生みだすか。
現場の今ここで生じる間主観性を大事にクライアントの心的追体験を
カウンセラー自らに描きながらも、
その実体として、クライアントの何処を見ていくのか・・・。
この視点は、カウンセリングの根幹として重要であろうと考えている。



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# by h-c-c | 2016-04-04 23:26 | Comments(0)

心のケアが商品化される時代にあって考えること

資格取得に挑戦する人が増えている。
資格は実力ではない。
資格取得は、スタートにすぎないと私としては考えている。
「心のケア」「心の専門家」…って、何だ?

「物」から「心」へ。
かつて日本人総中流家庭に成ったとばかりに、
物質的にある程度の満たされ感を味わったこの国に於いて、
声高に云われ始めたのは、たかだか2-30年ほど前のことだ。
登校拒否、不登校、いじめ問題等は、
主に子どもたちを中心として学校から発信された。
学校内でのいじめ問題は、文科省(当時文部省)、教育関係者、警察など、
頭でっかちなお偉い方々が雁首並べてさまざまに試みてはみたものの
事態は深刻化し、現在の日本が抱える問題の一つ、
中高年(30-40歳代)の引きこもりを生み出している。

甚だ無礼を承知の上で申しあげるとするならば、大学院を出たところで、
臨床心理士の資格を手にしたくらいで、
生身の人間の、しかも手ごわいクライアントの相手は、
そうそう易々とは出来っこない。
それが証拠に、大学院終了程度の資格で、スクールカウンセラーになった
自分自身の「自己確立」も未熟な年代では、
モンスターと呼ばれる父母たちの激しいパワーにはとてもではないが
太刀打ちできず、結果として、カウンセラーの方が泣きを上げ、
パニック障害や、鬱的症状を見せるようにさえなった歴然とした事実がある。

芸術家しかり、先生しかり、呼び名じゃない。
肩書きや資格じゃない。
そんなものに頼ったり惑わされたりしているから本質を見失うのだ。
実力を鍛えて鍛えて鍛え抜け。

それぞれの分野の「職人」を目指す。
それぞれの世界には、それぞれに特徴的な鍛え方、育ち方がある。
カウンセラーは、他者以前に、
自己探究によって、
「自分」と「自分の人生」との関係性を理解、把握、受容することが
大事であろうと考えている。

心の専門家と呼ばれる職業(?)的なものが、
短期間でいともた易く取得できる今の時代は、
別の意味で、また新たな問題を生みだす土壌となっているように見える。


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# by h-c-c | 2016-04-03 22:15 | Comments(3)

長崎の旅

長崎ぶらぶら・・・長崎の旅。
修学旅行以来の長崎でした。
三日間、しかり、ゆっくり、非日常を堪能してきました。
満開の桜の下、坂の町、中国とオランダと日本と。
出島に残る歴史の匂い。
「花月」で卓袱料理を心ゆくまで味わって来ました。
伊王島では時が止まったようで、軍艦島が目の前に。
感動と感激が大き過ぎると、逆に何かを書く気がしなくなります。
・・・
とにかく、とても素晴らしかったです。
贅沢で、ゆっくりの旅でした。

また、おいおいに。。。。。
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# by h-c-c | 2016-03-31 22:33 | Comments(0)

春はもう少し・・・

今年も日本独特の、桜情報が飛び交う季節。
表通りの桜の芽は、なかなかやって来ない春を待ちきれないかのように、
今にもはちきれそうに、すっかり膨らんでいます。
向かいの桜の木は種類が違うのでしょうか、
もう咲き始めています。

  待つには長き「時」なれど
   過ぎ去る「時」の速きこと
  ・・・
    生きているのは
      「今」のこの「時」

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# by h-c-c | 2016-03-24 21:26 | Comments(0)

水ぬるむ春を前に

寒暖差の激しい今年の冬でしたが、ひと雨ごとに水ぬるむ感じです。
・・・春は忘れずに、もうそこまでやって来ているようです。
当センターは、1995年の設立。
その開設以来母体として来た「実力あるカウンセラー育成講座」を、
今年も4月から新年度として始業します。
21年目に入ります。
人で云えば、二十歳を超えて、いよいよ社会人…って、とこでしょうか。

哲学を愛し、
さまざまな異宗教を長年翻弄されるかのように探究した後に、
心理学の学びに入った私にとって、
ナメた言い方をすれば、
カウンセリングは、とてもスーゥッと容易く、身に沁み込むように入って来ました。
宗教学の難解さは、そこに「信」、要は信仰と云う何とも厄介な行為なくしては、
解(深い理解)に到ることに大きな壁のようなものが存在するからではないのかと、
私自身の未熟な難解さの原因をそこに見つけようとしている気がしています。
各宗教の「法(考え方・教え)」等を読み砕き、腑に落とし、
小さな悟りのような積み重ねを、
半ば喜び・楽しみとして日課のように続けて暮らしたとしても、
理論としてその宗教を理解しようと進めていく時、その難解さは混乱を極めます。

そこへいくとカウンセリング学は、さまざまな諸理論も大変明確で、
私のイメージからすれば目の前が晴れ渡ってクリアに解読できるという感じでした。
30歳を過ぎてから本格的にカウンセリングの学びを始めた私は、
出遅れ感もあって、がむしゃらに貪るように学んだものです。

さまざまな理論、アプローチ、テクニック・・・。
しかし、それ等は、私を満足はさせてくれませんでした。
何かが違う。
何かが足らない。
ずっと、ずぅ~っと、言葉にならないフラストレーションのような
フクフクしたモヤモヤした感覚があって、
カウンセリングは嘘っぱちだ!カウンセリングなんて限界だらけだ!
と、感じて、
正直、一時「もう、止めよう。」と思い詰めた時期がありました。

そんな時、「トランスパーソナル心理学」との出逢いに恵まれたのです。
従来からのそれだけではない、もう一つの何より大事な視点です。
もし、私がトランスパーソナルな考え方に出逢っていなかったら、
私は、カウンセラーを続けてはいなかったことでしょう。

そのトランスパーソナル心理学を、この一年間学習します。
センター開設以来21年目にして、満を持しての今年の通年テーマです。
これを学ばずして、心理学の本質は語れません。

そして、私は、
来年度、これまで続けて来た「実力あるカウンセラー育成講座」の
継続研修の場を、お休みしようと考えています。
今回が最後かも知れません。
ご都合の付く方は、是非とも、ご一緒に!!


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# by h-c-c | 2016-03-09 21:46 | Comments(0)

穏やかな日

暖かな穏やかな一日でした。
春のお彼岸を前に、お墓の掃除とお墓参りに行きました。
静かな時間が過ぎました。

今はもうここには居ない人、しかし確かにその人の居た証し。
お墓って、そんなものだろうと考えますが、
そこに行くと、今、確かに生きている自分の存在と、
ここに繋がる連綿とした命の不思議さを感じないではいられません。

お墓参りは、なぜだか私を優しい気持ちにしてくれます。
最近は、時間がゆるやかな感じです。
セミナーもカウンセリングも落ち着いた空気の中で進んでいます。

スケジュールは、それなりにイッパイいっぱいで廻っています。

2003年から依頼を受けて始まった市民講座もずっと続いて14年目。
2016年の今年も、6月8日~毎週水曜日、通算4回講座で実施されます。
6月は昼間の講座ですが、関心がお有りの方は、ご参加ください。
ただ、福山市への申し込みが必要となります。
市の広報で来月あたりお知らせも出るかと思います。
市民の方は無料ですよ。
どうぞ、お気楽に、ご参加ください。


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# by h-c-c | 2016-03-08 21:16 | Comments(0)

今、また再びのスタート

春休み。
卒業、退職、退任、、、、、。 
入学、入社、進学、進級、、、、。

あらかじめ決められた枠組みの中での流れに添ったけじめではなく、
成人し、熟年となり、自らの意思決定で選択肢の広がる時期に、
「今、また再びのスタート」に際して、あなたは何を選びますか?
自分の声は、心の底からの願いは、・・・「何」なんでしょう?
限られた時間、限られた今生の命。
自身が、生き置かれた定めの環境には、当然ながら抗えないものもあります。
しかし、境遇そのもの以上に自分自身を縛っているものはありませんか?
自分自身の思い込み、偏った思考、柔軟性を欠いた自己概念。
針ほどの一点でもいい、そこに小さな穴が開いたとしたら、
いえ、小さな小さな一点の風穴を開けることを自らが起こせば、
光は必ず漏れ入って来ます。
その光を拠り所に、私たちは、今こそペルソナを外して、
本来の自分自身が求めて止まない声の導きのもとに、
自分の人生を生き切って行くことが出来るのではないかと考えています。
あなたは、何が好きですか?
あなたは、どんな生き方をしたいですか?
あなたは、誰と生きたいですか?
あなたの魂は、今、喜んでいますか?

選択肢は限りなく広がっています。



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# by h-c-c | 2016-03-06 09:49 | Comments(0)

静けさは心の中に

そもそも私たち人間に強く影響を与えるものとは何なんでしょう。
私は、還暦を過ぎたら、
少しずつ仕事を減らして「時」を味わいながら生きたいと願っていました。
人間の「究極の価値観」は、そんなにも違うものでしょうか?
何と何がぶつかるから、
何がどのように理解し合えないから、銃弾が飛び武器が必要となるのでしょうか?

今、
私は、物理的には益々仕事も増えて、多忙を極めています。
しかし、
物理的なそれに従うことなく、私の心は静かです。
精神は、いつの時にも私の内に在り、私と共に在り、私の自由です。
そして、その精神が、今、とても穏やかで静かなのです。

戦争を知らずに生きて来た私たち世代ですが、
急激な加速で進む経済社会の二極化を目の当たりにしながら、
遠く過ぎ去った学生時代に思いを褪せました。
アメリカの資本主義に呑み込まれて行く日本の行く末の危うさを感じて、
当時の学生たちは熱く燃え上がり、
自分たちが時代を変えて行けると信じて活動を続けていました。
大学時代、私も赤い毛沢東語録に、ほんのひと時、影響を受けかけました。
それでも、違う!と、私の心の声が叫んだことを思い出します。

中国のあの文革の大罪は、現在の中国が、過去の偉大な中国を失ったことに在ります。
私たちは、時の誰かに影響を受け過ぎてはなりません。
常に信じる価値観は、本質的には人間であるなら大差ないのではないかと考えるからです。
破壊、闘争、武器、銃弾、弾圧・・・、これらの何れの手段を用いても、
「それ」を手に入れることは出来ません。
力づくで事を押し切ろうとする時、それは独裁となり、
それが進む先には、弾圧が生れます。
この国も、今また再び、大きな岐路に立っています。
私たち一人ひとりが、賢明に、精神的に成熟しなければ、
人は、何度でも同じ過ちを繰り返すだけの哀れな生き物となってしまいます。


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# by h-c-c | 2016-02-21 22:25 | Comments(0)

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