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HCC コミュニティ ひろば

それでも秋はやって来た

 061.gif 061.gif 061.gif お久しぶりです 061.gif 061.gif 061.gif
       キャッチフレーズ、 
  『いつも心にスペースを!』の 
 東中国カウンセリングセン ターです。。。

058.gif 058.gif 猛暑 058.gif 酷暑 058.gif 058.gif の厳しい連日をくぐり抜け、
それでも秋はやって来ました。
夏の少し早目の頃、母が圧迫骨折から腰の痛みを訴えました。
認知症の人は痛みに鈍いらしく、「痛い」と「何ともない」を
繰り返していましたが、最近になって落ち着いてきました。
今日は、台風12号が近づく中、一足早い「敬老会」の祝いをしました。

つい先頃までうるさく騒いでいた蝉の声が止むやいなや、
庭から聞こえるのは、晩夏の代表、鈴虫の声。
風情がある…を通り越して、うるさいったらありゃしない。
やっぱ、、、秋。。。なんですよねぇ~。

季節の移り行きに、来る季節を迎えうつ感覚。
往く季節の名残りを惜しむ、ちょっぴり切ない感覚。
・・・そんな時間の刹那をしみじみ味わう時の過ごし方が、
難しくなってきましたね。
境界線があいまいなのか、はっきりし過ぎているのか???

人間関係、その距離の取り方も、季節も、なんだかモヤモヤしてますね。

多忙を極めた今年の夏が、徐々に終わりを告げる頃、
私もコミュニティーの書き込みを再開させて行こうかなぁ~~~なんて、
考えたりしています。


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# by h-c-c | 2016-09-04 16:16 | Comments(0)

仏教学とカウンセリング学

心理学を基礎により微細な視点から人間を研究し、独自の理論を生みだし、
さなざまなアプローチでその効果を高めようと試みるカウンセリング学。
多様な考え方から派生するカウンセリングの各種諸理論ではあるが、
自立(律)のための共通手掛かりとして「気づき」をあげることが出来るだろう。
気づき」に向けて「気づく」ということ。
小さな気づきを重ねていく中で、いつしか変容が生じて来る。
気づきとは、悟りに似ていると私は感じている。
小さな悟りであるところの気づきの継続、連鎖が自らの内側をクリーンにシンプルにする。
仏教の中に、
「浄土への道は彼方ではなく、自身の足元にこそある」と説かれている箇所がある。
カウンセリング学の中では、
「自分ではない誰かになろうとする時ではなく、ありのままの自分自身に成る時にこそ変容が起こる」
と、説いている。
自分の内側に既に在る、自分自身の声を聴いて行く時、
今あるそのままで、心の内に平穏な静寂が生れる。
別な言い方をすれば、
「幸福感(浄土)は、自分自身の心の内に既に在る」と、言えるかもしれない。

他人と比べない。
根拠のない価値観に降り廻されない。
自分の創り出した理想像の自分と比べない。
自分に対する無限の叱咤激励から自分を解放する。

「今、この瞬間がすべて。今、ここで、このまま。」
「そのことは、それ以上でもそれ以下でもない。」
そのまま、このまま、ありのまま。。。あるがまま。
幸せも浄土も、それは追い求め、探し求めて、外に外に求めるものではない。
それは、自分の内側に在り、実は既に兼ね備えているはずのものである。
仏教も心理学、カウンセリング学も、精神性に問いかけるものなので、
ここでは物理的、物質的な取得の満たされ感は含めていない点を
ご了承頂きたい。

心の世界、精神世界に於いて、私たちは何時の時も自由なのですから。


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# by h-c-c | 2016-06-26 10:34 | Comments(0)

思いやり、愛、に感謝申しあげます

「何十年もここで暮らしていますが、こんなことは初めてです。」
災害被災地で、インタビューに応える人たちが異口同音に発する言葉です。
私の暮らす福山は、温暖で災害の極めて少ない瀬戸内の街として、
人々を穏やかに優しく育ててくれました。
それは、片方で危機感の弱い、のんびりまったりした人間を創り出したという側面も持ちますが、
何はともあれ、天災からは縁遠い地域だと、多くの人が暗黙のうちに了解していたことは事実です。
ところが、この度の前線の居座りに伴って、雨が止みません。
連日の雨。
一時的には豪雨となる降水量。
福山の中央を流れる芦田川の西側の小さな水路に異常が起こってしまいました。
枝のように本流に繋がる水路で溢れた水が強い水圧で、脇の土手を壊したのです。
近隣の住宅街は、一気に浸水しました。

さまざまな情報ツールによって、福山の被害を知られた方々からご心配のお声をいただきました。
「大丈夫ですか?」
「何かあったら、言ってくださいね。」などなど・・・。
本当に有り難く、嬉しく感じています。
遠くからの思いやり、愛あればこそのお声かけに感謝申しあげます。

たくさんの人たちの思いやりに支えられての今日であることを、
しみじみ感じています。
「ありがとうございます。」


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# by h-c-c | 2016-06-24 11:43 | Comments(0)

イチローの偉業・・・(惨めな舛添サン)

一日は24時間。
一年は365日。
与えられた条件に違いは無い。

一日一日の積み重ね・・・、一つずつは、一つずつ。
一歩一歩が、道になる。
大いなる偉人たちの誰もが、他者の目に触れないところで必ず積み重ねたに違いない一つずつ。
見えないところで重ねた命の使い方。
見えないところで流した涙。
笑われても、けなされても、悔しさに身を震わせても。
コツコツ・・・コツコツ、ただただコツコツ・・・倦まず弛まず。。。
ただただ愚直に、信じた自分の道を命の限りに生き抜くこと。
限られた時間を生きる中で、自分としてどのような肉付けををし、
どのような味付けをし、彩りに築き上げていくのか。。。
そこにこそ、その人のその人たる所以が映し出される。

同じ人間なのに、その生き方と生きざまが他者に与える影響はかくも違う。
安易に自分に益をもたらすことばかりやっていると、
自分はマヒして分からなくなってしまっているかも知れないけれど、
周囲の人には、見苦しく、卑しく、哀れに映る。
(舛添さん、これからどうするんだろう??日本中の人が知っちゃったのに…)
(家族の誰か一人でも「こんな事、止めようよ。」って云う人いなかったのかな?)
辞職すれば終わり!じゃ、たまんないよ。真面目に生きてる者たちは!

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# by h-c-c | 2016-06-16 21:33 | Comments(0)

人の心は分からないと言われるけれど…舛添事件で考察しましょう

他人の心は、分からない!と、言われるけれど・・・。
それは、本当か???
カウンセラーとして、他者に関わろうとする時、大方の場面でそれは否!と応えたい。
内面は、いづれかの時に必ず外側に映し出される。
多くの人は、そのことを無意識のうちにキャッチし、実感する。

舛添知事のみっともない見苦しい情報が世の中を騒がせて随分の時間が経つ。
余りに下品で恥をも感じない本件には、触れたくなかったが、
ああいう輩の本性は、肩書きや巧みな言葉で一時をすり抜けようとも、
周辺周囲に広く悪臭を放ち、目視だけでなく、全身から滲み出る。
日本人は古来より、恥の文化を一つの価値観に於いての「道」を外さない生き方を、
美しさ、気高さ、他者に配慮する心得として、その作法を何時から誰からとはなく
受け継ぎながら人格を形成して来た経緯がある。
その事が、自分を縛り苦しめる原因となっている事も一面に在ることは否めない、が!である。
しかし、自分さえよければいい。強ければいい。勝つことのみが称賛される。
やったモン勝ち。栄耀栄華こそが我が身の幸せ・・・なんてことも、
これまた、いかがなものか?!?

五十歩百歩と云うけれど、猪瀬さんの時とは明らかに違う点がある。
舛添は、都民のための都知事としての仕事を、はなからやる気が有ったのだろうか?
そもそもの、そこからが疑わしい。
なぜなら、
それは目に余る程に計算ずくのことのように見受けられるから。
マスコミは公私混同の使途不明金なんて言っているが、違うだろう!それ!
あいつのは、詐欺だ!
公私混同なんて生易しいもんじゃないぞ!
計算しつくした税金の横領詐欺だ!
あいつが使ったのは税金だぞ。

法の目をくぐり、すり抜けて、法に触れなければ何やってもいいのか。
法学部へいったのは、悪智恵を構築するためか。
地方に暮らす私にとって、本件は、
東京都のことだけど、東京はもはや世界に向けても重要な地。
日本をしょって立つくらいの勢い地だ。
だからこそ、あんなみっともない人間をトップにのっけてちゃ、い・け・な・い!
身を切る覚悟が、給与の減額だ~?
はぁ~!!!
ふざけるな!
即刻辞職。
私的に使い込んだ贅沢三昧の流用金は、全額返済!
あたりまえだろ、詐欺なんだから。

公費・税金は、今現在も、垂れ流しに浪費されていることが現実の真実だ。
もはやあの姿は、みすぼらしくて、みっともなくて、汚らしい。
卑しくて、惨めで、せこくて、情けない。
哀れだ。
どれ程の卑し目の言葉を投げかけても足りない。
それは、どんなに高価な洋服で身を覆おうとも、胸元にバッジを付けようとも、
中身の性根が滲み出ていて、隠しようがない。
議員の多くに、寄ってたかってその匂いがする。

東京都民の皆で都民独自の力で、即刻あ奴を引きずり降ろしてください。
マスコミにあの名前、顔が出る度に、地方に暮らす者は不愉快極まりないのです。

心の内は、隠しきれません。
必ず外に伝わります。
自身が目を伏せ、他者の目から逃げようとしても、他者は、きちんとあなたを見ています。
・・・・・、それが怖いから・・・と云って、
じゃあ、、、引きこもりますか?
やっぱりそこですか?
一つしかない自分の命。この「命」、どう使いますか?
だからこそ、どんな生き方したいですか?


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# by h-c-c | 2016-06-13 12:16 | Comments(0)

あらゆる場面に生じる逆ベクトル

「自由」は尊い。
「自由」を奪われる苦しみは耐えがたい。
しかし、「自由」を御旗に掲げる「民主主義」は、
決して、大衆迎合主義ではないはずであろうと考える。
情報、金融、思想、旅行にしても交友にしても、
現代に於いては、言葉の壁さえなければ、
人は互いに親しく融和出来そうに思えるのに・・・。

なぜだろう???
グローバル化が進み、地球が、世界が小さくなった感さえする今、
個人個人の内側に、強いナショナリズムがうごめき出すのは…なぜだろう???

先の見えない閉塞感。
モヤモヤした不公平感。
リアルに進む二極化に、諦めるに諦めきれない腹立たしさ。
やるせない個人個人が抱える抑うつ感。

近代化が進み、清潔に便利なはずの、一見快適そうな生活スタイルの中にも、
打破しきれない独り一人の人間の心が抱える虚無感は、
なぜこうも拭えないのだろうか?

世界の彼方此方だけでなく、日本国内に於いても、
激しさを増し始めたポピュリズム。

結局のところ、人間は誰もが我が身が最も愛おしいからだろう。
自分を守るために、自己正当化のために、
他者を否定し、批判し、切り捨て、排除し、叩きのめす。

その姿に美しさは無い。
そんな言葉の中に教養の香りはしない。
今こそ、私たちは、自分自身の主柱をしっかり立てなければならない。

どんな考えかた、思想、行動にも、
そこに見え隠れする矛盾のベクトルを見定め、
その上で、尚、
その上で、だから、、、
「わたし」は、こう考え、このように行動すると言う、
主体性を失わない生き方が大事になるのではないかと考えている。



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# by h-c-c | 2016-05-16 16:56 | Comments(0)

本当に必要なものは・・・?

快晴に恵まれたゴールデンウィークが終わり、
お日様が連休に入ったかのように、雲の覆い尽くす空。
今日も、雨だった。
雨音に耳を澄ませ、目を閉じて、あえて光を閉ざす時、
心の耳が研ぎ澄まされてくる。
雑多にうるさい視覚と共に流れ込んで来る情報音は、意識的に受け入れなくする。
・・・・・
目を閉じる行為は、思う以上に心の耳を鋭敏にする。
わたしの命が、外界の命の声をキャッチする。
本当に欲しいもの、本当に必要な音は、
視覚を閉ざす時、私の心に静かに優しく語りかけて来る。

今日は、EAPの仕事で、某企業でメンタルヘルスのセミナーをさせて頂いた。
ストレスチェックは、その後の対応方が重要であり、
ストレスチェックをすればいい。。。って、問題じゃない。
今日のセミナーが、少しでも受講者の方々にとって、何らかの次への動機づけになれば
私としては、とても有り難く、感謝いたします。

一日の内のひと時に、静かな時間を持つように・・・心がけたいものですね。



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# by h-c-c | 2016-05-10 18:59 | Comments(0)

「愛」の想いが全てです

ボランティア元年と云われた阪神淡路大震災の記憶は、
私の身体の全細胞が今も鮮やかに、しっかりと受け止めている。

1995年1月17日の夜明け前、
私は4階の寝室が、大きく揺れる中で飛び起きた。
陽が昇ると共に明らかになる神戸の惨事に、居ても立ってもおれず、
仲間たちと物資をかき集め、現地に向かったあの時の込み上げる感情。
毛布、ストーブ、紙おむつ、生理用ナプキン、トイレットペーパー、水、食糧などなど。。。
寸断された裏道からの陸路は、現地へ到着までに疲労感を強めた。
寒かった。
怖かった。
それ以上に苦しくて辛くてなぜだか腹立たしかった。
現場に入らなければ分からない体感できない温度、匂い、声、音、風。。。
そして、私はそこで悟った。
人には、出来ることと出来ないことがあるのだと。
人によって、向いている事と向いていないことがあるのだと。
私は、そこで殆ど何もできなかった。
目の前に広がる惨事の生々しさにただ身が竦み、何の役にも立てなかった。

当時はまだ、民間の一般ボランティアの活動体制は入門編のようで、
ぎこちなかったし、段取りも分かりにくかったし、当然ながら指揮する人も無くて
思いあまって駆け付けた人たちの多くが混乱に戸惑っていたことを思い出す。

その後私は、時間を置いて半年後から、
関西の地で、メンタルケアのお手伝いに入らせてもらった。
関西のカウンセリングの対応能力は、
当時の私の地域のそれと比べると、遥かに実力が高かった。
その体験を機に、同年(1995年)5月、私はここ福山に当時の産業カウンセラー中国支部長からの
後押しと、ご協力のもとに、「東中国カウンセリングセンター」の命名まで頂いて当センターを開設した。
それは、まさしく、ここ福山に、「実力あるカウンセラー」を育成しよう!
皆で一緒に育って行こう!とする共生・共育の理念に基づいてのものだった。
私一人の力には限界がある。
しかし、たくさんの有能なカウンセラーの仲間を増やせば、
多くの人の助けになれるに違いない。
それを願い、それを志して21年間「実力あるカウンセラー育成講座」に
力を注いできたのだ。

有って欲しくない、無い方が良いに決まっているが、
その後、この国には毎年のように突然襲う災害が後を絶たない。
今世紀最大か!?とも言われた東日本大震災の折には、
翌年、翌々年と、支援者の方々の支援として、3つの県を廻らせて頂いた。

そして、この度のかつてない連鎖連鎖で強い余震の続く今までにない事例の地震。
専門家たちが寄ってたかって「先が見えない」と云い合う熊本大地震。
このまま、東に西に活断層の影響連鎖は続くのか?
それとも、消息してくれるのか?

「愛」故に込み上げる苛立ち、腹立たしさ。
「愛」故に動かないではいられない行動力。

初心に戻って、私のカウンセリングの学びの原点について鑑みる時、
「こころの職人」として、現場に入って行くカウンセラーを目指す気持ちに変わりない。

今年の始めに、私が決意した「ひとりでもやり抜く!」とした想いは、
何らかの虫の知らせだったのかもしれない。



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# by h-c-c | 2016-04-21 18:28 | Comments(0)

学習経験知 と 命のための想像予知力

この世で…って云うより、人生で一番大事にしたいものって、一体なんだろう?

一番!って敢えて云われちゃうと…、にわかには答えにくいよね。
きっと、私たちにとって大事だと思えるモノの中に色々たくさん有るからかも知れない。
私にとっても、あなたにとっても、
大事なもの守りたいものは、きっと幾つか思いつくから。。。

さまざまな領域、分野で頭に立つ人が、何処の何に価値を置いているのかで、
その時代を共に生きる国民や民族の命は左右される。
度重なる三菱自動車組織ぐるみの不正発覚、東芝、シャープ、JR北海道だってそうだ、、、、、
薬害エイズの問題、度重なる長距離バス運営の事故、建設現場の手抜き不正建設、偽装工事、、、
まだまだある・・・、経営陣の判断は、そこに繋がる多くの人を道連れにする。

政治屋の中で、たまたま成り上がった大臣は、その道(領域)の殆どド素人だ。
昨日まで何を勉強し、本気で考えていたのかなんて縁もゆかりも無いくせして、
一体、
何を守ろうとしてる!?!
どこを向いて発言してる?!?
誰のために、何を最も譲れないものとして、仕事をしている?!?

お金じゃないだろう!
面子じゃないだろう!
派閥じゃないだろう!
勘違いしないで欲しい。
政治屋の仕事は国民の命と安全を最優先に考え、発言し、行動することだ。
国民から集めたお金だ。血税だぞ!
おまえらから貰ってるわけじゃないぞ!
勘違いも甚だしい!
予測不能なこの度の熊本地震から連鎖の続くこの時期に、
なぜ、何を持って、安全だとして原発をそのままにするのか?
福島にはまだ、戻れない。
海外の多くの人たちは、日本の原発処理の問題を信じてくれてはいない現状があるのに。

この国に現在只今、起こり続けている現実を、なぜ正直に直視しない!
地割れ、家屋倒壊、土砂崩れ、あらゆるものが根底から崩壊し続けている現状で、
大臣の誰ひとり、原発停止の声を挙げないのはなぜだ?

国民の声を聴くのが仕事じゃなかったのか?
勝手に暴走して、嘘で隠して誤魔化して、一体誰が得するんだろう?????

あんな輩に仕切られて、この国が潰れていくのを黙って見てるしかないなんて、
本当に厭だ!

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# by h-c-c | 2016-04-21 10:00 | Comments(0)

私たちは日本丸の乗船者

世界のあちこちでテロの脅威が襲う中、
私たちは、この日本と云うとてつもない地盤の上に生きる民族として、
もはや、いつどこで地震が起きても不思議ではない周期を迎えたようだ。

長引く熊本地震は、徐々に活断層のズレを東に移動させている。
ここを引き金に地震の連動はさらに続くようだ。

100年周期、1000年周期。
地球規模の時間軸は、人間の寿命時間軸のそれとは、当然ながら違う。

人間が、故意に引き起こすテロや戦争とは全く違う次元で、
自然は、ただただ脈々と地球の活動として事を進めるのだが、
それは、人間にとって望ましくなく、厄介で、大きな苦しみや不安をもたらす。
こうした時に、いつも感じることがある。
私たちは、日本丸という船に乗った乗組員に過ぎないんだと。

そして今、この日本丸は、活断層とプレートの上で、足元から
揺らぎ、難破しそうな時代の波の中に在る。
熊本城が崩れていく姿を見た時、胸が締め付けられた。
阿蘇神社も押しつぶされた姿になってしまった。
歴史も、文化も、誇りとする象徴の物ものも、さまざまなものが崩れゆく。
壊れる時は、一瞬なのだ。


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# by h-c-c | 2016-04-16 21:55 | Comments(0)

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