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認知症に全身麻酔

6月21日の朝一で大腿骨周辺の外科手術をして頂いた。
平素が認知症で介護支援の無い状態では生活できない母だから、
さまざまなリスクをしょっての手術に関して、
正直始めは躊躇したが、何と言っても、
手術をしなければ痛みが取れない!と、いう一点に私の選択決断が、
実施に踏み切らせた。
骨が折れている状況は、
脂汗が出て、血圧を200近くにまで押し上げるほどの
「とても痛い!」という苦痛が伴うのだ。
何としても、痛みからは解放してあげたかった。
しかし、その後だ。
母は、全身麻酔と認知症の併合からか、譫妄状態を今、さ迷っている。
食事は2時間弱かけて、私の介助で、食べるのだが、
初日は、呑み込むという行為を忘れている様子だった。
二日目の昨日も、箸が持てない。と、言うより持ち方が分からない様子。

今は、輸血も続いている。
それでも、痛みは消えているので、点滴の管等を外そうとしたり、
ベッドから降りようとして目が離せない。
本来が、外科病棟なので、病院による細やかな介護は望めない。

看護はしても、介護はしない、そんな感じを受ける。
ごもっともと云えば、ごもっともなのかもしれないが、
家族としては、にわかに承諾しきれないモヤモヤ感が残る。
私としては、断れる仕事はお断りをして、
出来る限り母に付き添っている状況となる。

まあ、一週間もすれば、徐々に脳の機能は元に戻るらしいのだが、
そもそものその、元に?と云うのが、認知症状態だったので、
どの辺りが元なのかも、定かになりにくい。

しかし、ただ、命は在る。

痛みから解放され、幼子のように、自分の現状認識の出来ない中で、
自分勝手に自分が動きたいように動きたがる、
外からのお願いや、働きかけは一切通じない、私の母は、
今、まさに、ここに居る。
記憶は薄れ、判断力を失い、周囲との疎通は困難を極め、
一方的な欲求だけが周囲を混乱させる状況は、
有意識と呼べる自我からは程遠いが、
嬉しそうに笑ったり、急にぼんやりしたりするその姿は、
何かを超えて、
ここに在り続けることの意味を私に教えようとしているように感じる。

今日は、これからまた輸血だ。


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by h-c-c | 2017-06-23 11:14 | Comments(0)
そもそも自然って何だ?
あれもこれも自然の流れか?
日本の気候が、従来からのそれとは大きく違って来ている事は、
誰もが知る周知のところだ。
そして、それに準じて、生き物も生態系が変化する。
居たはずのものが居なくなり、居ないはずのものが繁殖する。
どれ程科学が進み、文明が進歩しても、結局人類は、小さな小さな目に言えない様な
ウィルスやpm2,5や細菌やカビ、、、はたまたダニや蜂や蟻に侵されてしまう。

梅雨入り宣言はしたものの、カラ梅雨が続き、
雨が降り始めたとなると、止むことを忘れたかのような豪雨となる。
人為的な流れもある意味自然の流れのように、民意などどこ吹く風で、
強行採決されてしまう数々の法改正。

何もかも、そう・・・何もかもが、こちらの意図に関わりなく、
流れ込むようにやって来る。

私は、ついさっき、病院から戻って来たところだ。
今朝早く、母が転倒した。
認知症の母は、当然ながら自分が転んだことも、尻もちをついたことも覚えてはいない。
でも、今、すごぉ~く痛いことだけは、はっきり分かる。
心配していたが、昼ごろになって激しい痛みを訴え、結局救急搬送となった。
サイレンを鳴らす救急車のカーテンの陰から車窓を眺めた。
赤信号でも走る。
全ての車は、道を広げて譲ってくれる。…へぇ~~~…こうなるんだ!!!

レントゲン、MRI検査で、大腿骨付け根辺りからの若干複雑な骨折が明らかとなり、
明朝、朝一の手術決行!となった。

病院に付き添っている最中ではあったが、
私には、今日もカウンセリングの予約が入っていたので、
一度センターに戻り、仕事を澄ませて、再び病院へ。
雨も降り始め、身体もクタクタだが、これも自然の流れの一環。

SMAPのひとり一人も、今また新たな岐路にいる。
木村君は今日、自らの運転ミスで追突事故を起こしてしまった。
そう・・・そう・・・なんだよね・・・。
皆、何にも分からない。
分からない中を、自然の流れにまかせて、ただただ生きている。
ただただ生きて行く。。。それだけのことが・・・。



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by h-c-c | 2017-06-20 22:11 | Comments(0)

酔いどれのまなざし

時々刻々時は流れ、あらゆる事は生れ消え変化する。
ただ、そのままを見る。
そこに立ち会う。

真っ直ぐに、愚直に、焦点を絞って受け止める。
そうした見方は、時に人を息苦しくさせ、行き詰らせる。

眠気を誘うまどろみの中で事を見る時、
有意識はその場を離れ、遠のく自我は、現実から浮き上がって行く。

世界中が混乱している。
世界中の人々が、迷い嘆き、指導者を見いだせない。

諦めたわけではない。
絶望なんかしていない。
少ォ~し、緩めて眺めてみたい。
そう、あたかも酔いどれの眼差しで。。。。。
違うものが見えて来るかも知れない。
視点を変えて、見る角度を変えて、人類は今後何を選択し、
何を優先させて生きていくのだろう。

火山は噴火し、地は揺れ、
予測不能な天候は、豪雨をもたらし、初夏を前にしたこの国に雹まで降らす。

しばし、ゆっくり、自分自身を楽しんでみませんか?
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by h-c-c | 2017-06-17 14:51 | Comments(0)
梅雨入りしたって言うけれど、ここのところずっと快晴で、
しかもカラッとしています。
室内は乾燥気味だし、朝晩は肌寒いし。
「梅雨」は、こうだ、なんて常識は何処へやらで、
涼しくて凌ぎやすい快適な毎日が、今のところは続いています。

権力者の横暴ぶりが目に余りますが、
嘘ばっかり言ってる人達って、
「死」に臨んで何を想うのでしょうね。

かつて、安倍首相はこんなことを言っていましたよ。
「若い人たちが、この国に生れて良かったと言える国を作りたい。」と。
でもね、若い人だけじゃない、皆が見ていますよ。
この国の国民の頭の上に、重い石のようにのっかって、
何が何でも自分の思うように事を推し進めたくて、
その為に見え見えの嘘に嘘を重ねて、
・・・大嘘つきの大人たちの姿を見て、若い人たちが、
いえいえ、
汚れない真っ直ぐな目で、偉そうにしている大人を見ている子どもたちが、
あの幼い子供たちが、
この国に生れて良かった。この国は素晴らしい。と、感じてくれると
本気で、思っているんでしょうか・・・ねっ?

けな気に生きている独り一人の邪魔をしないで欲しいものです。

「苦労はしても不幸じゃない。」
「楽なだけでは幸せにはなれない。」

梅雨らしくない梅雨の時期に、それぞれがそれぞれの人生を
皆それなりに、精一杯生きていますよ。

権力者さん! 少し静かにしていてくれませんか。。。!!!



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by h-c-c | 2017-06-13 22:16 | Comments(0)

エネルギー充電

ホントにホントに今日こそは、の、久々の完全オフ日。
先月末から講座、講演、カウンセリング、ワークショップ、、、、。
はたまた、連続セミナー、資料作り。
日程調整に四苦八苦しながら、美術品評価鑑定の仕事。
先週の月曜日は、母と海辺の町を散策し、食事し、
施設へ戻ってからは介護支援の打ち合わせをした。
・・・・・そんな2週間を終えてからの今日。

休日となると、なぜだか朝早く目覚めてしまう。
体力が、休日モードで、やたら張り切ったのかどうかは、我ながら定かではないが、
急に部屋の模様替えをしたくなり、
快晴の朝早くから、大掃除をし、部屋の模様替えをした。

今、しばしの一服タイム。
まぁ~、なんて気持ちいい~!!
部屋の模様替えをすると気分が一新し、何とも言えずウキウキして心地よい。

梅雨の時期にもかかわらず、部屋には爽やかな風が吹き抜ける。
・・・良い時間が過ぎている。。。
私は今ここで、こうしてゆっくり・・・今日は完全にエネルギーの充電日。

今のこの時間、私はホントに幸せを感じている。
そして、この時間は、私の人生の中に確かに存在する今、である。

何気ない日々の、名も無い「わたし」に繰り返される時間の中に、
確かに感じ取ることのできるこうした時間を、丁寧に味わいながら生きて行きたい。
ホントに、今、とても爽やかで気持ちが落ち着いている。
完全オフ日に、「あ・り・が・と・う・・・。」

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by h-c-c | 2017-06-12 11:37 | Comments(0)

生涯の友

あなたは今、あなたの人生の時間軸のどの辺りにいますか?

人は己の人生の中で、幾人の人に出逢い、別れていくのでしょう。
その中で、「生涯の友」と呼べる人を幾人作れるのでしょう。
自分の心を丸裸にしても恐れず、
相手が精神的に正直にぶつかって来たとしてもいとわない。
そんな関係性の友を作ることは、果たして可能なのでしょうか。

精神的に自由であるということ。
精神を開放し、己を赦すということ。
己自身を解放し、正直であるということ。

そんな事が、果たして出来るのでしょうか。
自分のことさえ分からないのに。
自分が本当は何を望み、何を拒んでいるのかさえ、定かになりにくいのに。

それでも、
いいえ、それだからこそ、
人は自分の心を真っ直ぐに開放しても許される生涯の友を求めるのかも知れません。
「友」と呼べる関係ではないかも知れないけれど、
「カウンセラー」は、それに限りなく近づける存在に成り得るかも知れません。

クライアントの心を開放し、渦巻く思考から解放し、
がんじがらめになった抑圧を少しずつ溶かし、
真っ直ぐに、正直に自分の内面を語れるよう、
ただただ傍らに寄り添って、見守り、静かに「今」を感じ尽くすこと。

これこそが、カウンセラーの仕事の入り口であり、
目標であり、目指す道でもあるのではないでしょうか。
カウンセラーに求められる仕事の内容は、多岐にわたりますが、
この側面は大きいのではないかと最近感じています。



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by h-c-c | 2017-06-01 17:46 | Comments(0)

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