<   2017年 05月 ( 5 )   > この月の画像一覧

 

ふくやま市民講座

五月だというのに、なんて暑い! 今日も、一日が終わりました。

午前中にはカウンセリング。
午後からは、市民講座の講師の仕事。
夜には、NLP研修会がありました。

市民講座における講座のテーマは、
前々から企画していた「心理学から学ぶ『こころの断捨離法』」。
捨てきれない過去の囚われ、将来へ向けてのさまざまな不安。
「今」を生きる生き方を知らなければ、
人は誰もが後悔と不安の渦から抜けることは出来ません。

私には、長年カウンセリングに関わる者として、自負している事があります。
それは、単に心理学やカウンセリングに関しての講義や講演だけでなく、
圧倒的に多い長年のカウンセリング実施に関わるケース回数です。

現場で、生身のクライアントと共に、誠実にカウンセリングに立ち向かう姿勢が、
脈々と続かない限り、カウンセラーとしての存在意義はないと考えています。

クライアントに必要とされるカウンセラーとなるためには、
継続的な研鑽を怠ることは出来ません。

治療的カウンセリングは無論のこと、
予防的・教育的カウンセリング普及に向けて、
私はこれからも粛々と歩を進めて行くつもりです。

それがどんなに小さな歩みであろうとも、
一歩一歩歩いて行きます。
少しずつ少しずつ、しかして、堅実に誠実に歩いて行きます。
・・・・・今は、静かに心からそう望んでいます。



[PR]

by h-c-c | 2017-05-25 22:26 | Comments(0)  

ゲシュタルトセラピー…知ってますか?

「ゲシュタルト・セラピー」のこと、知っていますか?
体験したこと、ありますか?

自分らしく生きたいのに、、、、。
何だかいつもモヤモヤして、誰かの目・声が気になって、
自分の中で自分の何かが爆発しそうな時がある。。。。。
自分がしぼんでしまいそうで、悲しくなる。。。。。
自分が本当は何をしたいのか、それさえ分からなくなる。。。。。

。。。人は誰もが独りで大ききなって来た訳じゃあありません。
周囲の大人や、自分とは違う多くの人たちとの関係の中で育ってきました。
そうして創り上げて来た今の自分の中には、自分であって自分でない部分を
誰もがそれなりに抱えているのです。

理屈じゃなく、思い込みや、説得ではなく、
ワークを通して、体験的に、自分の中にある正直な自分のことを見つけてみませんか?

6月の第一土・日、6/3~4、ゲシュタルト療法の魔術師(?)百武さんを招いて
当センターで、ゲシュタルト・トレーニングを開催しますよ。

うっかり忘れていた人、このニュースを今、初めて知った人、
時間が取れそうであれば、問い合わせの上、ご参加ください。

待ってま~~~す。




[PR]

by h-c-c | 2017-05-20 22:04 | Comments(0)  

なんだ かんだ あったとしても・・・

カウンセリングが続いています。
さまざまなケースに直面します。
「幸せが、とても遠くにある気がします。」
「いくら頑張っても報われません。」
「自分のことに少しけりがついたと思ったら、今度は子どもです。」
「どれだけ尽くしても 更に要求されて、もううんざりです。」
「自分が居なくなったって、悲しむ人はいません。」
・・・・・いろんな想いを抱いて、苦しみながら送る人生。

妄想のような幸せなんて、そもそも始めっから有りませんから。
振られたって、別れたからって、あなたが愛を注いだ事実は無駄にはなりません。
心配も、迷惑も、愛の一つの形です。
あなたがやりたいことを、やりたいように、あなたの歓びとしてやることが大事です。
自分は自分の命の責任者として、自分のために生きているのです。
自分が居なくなって一番悔しい思いをするのは、きっと、自分自身です。

結局のところ、全てのことは、廻り廻って自分の元に戻ります。
そしてそれは、自分の人生の糧となるのです。
命をふくらませ、生きている実感を強くします。
「今」が、大事です。

なんだ、かんだ、あったとしても、今、生きているじゃありませんか。
それも、これも、生きていればこそのことです。
息をしている。
心臓が動いている。
風を感じる。日差しを感じる。
それで十分じゃないですか。
足元の、まずそこから。。。
その「今」に、この「今」に・・・OK!が出せますか?
OK!を出してみましょう。
何かが違って見え始めませんか。。。


[PR]

by h-c-c | 2017-05-11 21:26 | Comments(0)  

無限の住人

暦の上の大型連休が、やっと過ぎ去った。
私には、連休も何もなく、ずっと働いていた。
連休中に、講座、ワークショップ、カウンセリング、出張の評価鑑定。
連日何らかの仕事に絡み、家族のために食事を作り、
飛んでくる黄砂の合間をぬって洗濯物を干したり、母を見舞ったりした。

そんな中でも、映画を見に行った。
木村拓哉君主演の『無限の住人』だ。
んんんん…、正直言って、感想は・・・。

私がここ近年観た映画の中では、122.png 122.png 122.png 大変 ガッカリ!なものでした。
それは、木村君の問題でもなく、他の出演者の人たちのせいでもなく、
ただただ、監督とその編集の問題だと感じたのだが。。。。。

とにかく無用に、やたらと長い。長すぎる。
2時間半もの間、斬って斬って斬りまくる ぶった斬りシーンの連続。
それも、相当やばく エグイ 残虐的映像。

編集で、思い切ってカットしてまとめれば良かったかも知れない。
三池監督が、木村君を好き過ぎて、木村君の熱のこもった太刀のシーンの
何処の場面もカットし辛かったのかも知れないが、
それならそれで、もう少し内容を膨らませるというか、
もうひとヒネリ深めて欲しかったと思う。
エンドロールに流れる音楽がとても良かった。

それでも、お時間と懐に少しの余裕がお有りであれば、
是非、会場に足をお運びいただければ…、と思います。
(息子たちに言わせると、「かあさんの、木村への目線は家族か親戚のおばさん的だね。)
・・・とのことですが。。。

そして、
ある時、あることから、不老不死の身体となる万次、、、、、
死ねないことの辛さ、
生き続けなければならない過酷さ、
その命、誰のために使うーーーと、問うのだが、
。。。。。。。
主人公万次の言葉を借りて言えば、
「死ねるおめぇらは、幸せもンよ。」
。。。
「不死身って、死ぬほどめんどくせぇ!」

[PR]

by h-c-c | 2017-05-08 11:12 | Comments(0)  

未来の日本に伝えたい名曲100選

巷が大型連休でにぎわう五月のゴールデンウィーク。
明日は、息子も戻って来る。
私は、今週訃報を二つも聞いた。
特別親しかったわけではないが、二人もの訃報を一週間に二つもだ。
なんだか…ポッカリした感覚になる。

TVで昭和40年代~50年代頃の、あの頃の歌が流れている。
昔、父や母が戦中戦後の歌を聴いて懐かしがっていたあの姿を思い出す。
そして今、
私が子供たちに笑われながら、しみじみ懐かしく聴いているこれらの曲。

なぜ涙が流れるのだろう。
悲しい訳じゃない。
辛くもない。
ましてや淋しいのでもない。
でも、胸が熱くなり涙が静かにハラハラと止まらない。

音楽って、何なんだろう?
遠くに遠くに通り過ぎたあの時代。
迷い迷いしながら、確かに生きたあの若い時代だ。
あの頃が、一気に私の全身を包み込む。

平成も、もう29年だ。
昭和は確かに、遥かに過ぎた。。。。。。

[PR]

by h-c-c | 2017-05-01 21:05 | Comments(0)