ブログトップ

HCC コミュニティ ひろば

<   2014年 09月 ( 4 )   > この月の画像一覧

日本トランスパーソナル学会大会終わる

二年に一度、二日間に渡っての
日本トランスパーソナル学会の大会が、
終了しました。

そして、私は、つい今しがた、
東京から戻って来たところです。

本当に、素晴らしい内容の二日間でした。

濃密な時間に感謝します。
詳しくは、後日、追ってお知らせしましょう。
[PR]
by h-c-c | 2014-09-15 01:04 | Comments(0)

時代、環境、価値観、・・・認知症

隣の部屋に母が居無くて、昨夜はしっかり眠れるかと思っていたが、
事は全くの逆で、ゴソゴソ音がしない隣の部屋が、
かえって気にかかり、殆ど眠れなかった。
「認知症」、と一言で言っても、その症状の現れ方は様々だ。
しかし、
多くの高齢者に似通った表現行為として、「捨てられない!」が、
有るように見受けられる。
少し前に母と話した時、母は、言った。
「誰がどうに言うても、私は物が捨てられんのよ!
私らが育った頃には、何も無かったんじゃけぇ。
食べるもんも、着るもんも、履くもんも・・・、
裸足じゃった子もぎょうさんおったんよ!
あんたらには分からんよ!
何と言われても、わたしゃあ、なんもよう捨てん!」

他人の行為には、それぞれに皆、その意味があり、
その意味付けの裏側には、更にその個人特有の育った環境背景がある。
地域性、文化は大きい。
中でも、時代性が植え付ける体験的に体感的に沁み込ませた価値観は、
そうそう簡単には拭えないのかもしれない。

私の息子、中でもとりわけ三男は、
思い切りヨロシク、あっさりと物を捨てる。
「だんしゃり!よ!だんしゃり!」と彼は言うが、
生れた時から自動販売機があり、
自室に個人のTVも、ビデオも有って、
ゲーム、パソコンに馴染んだ息子と
戦中戦後の敗大国の惨めさを味わい、食べるものも食べれなかった母との、
物への執着心の差異は計り知れないに違いない。
時代と環境の所為だとばかりは言えないかもしれないが、
その間に立ち位置を持つ私たち世代は、これはこれなりに、
揺れ動く自分の価値観を抱いている。
・・・・・。
80~90歳代の人。
20~30歳代の人。
その中間に位置する私たち、50~60歳代の人。
今、私たちは・・・、
そう、、、50~60年もの年の差のある両者の狭間に在りながら、
その双方の考えが、全く分からない訳ではなく、
かといって、行動化し、表現行為となすべき方法は一つ、
捨てるのか、そのまま抱え込み取っておくのか???
これは、認知症であるなしに関わらず、共に暮らす家族にとっては
悩ましい問題の一つとなっている。
それが、認知症と言う病気によって、
更に顕著に表れ、葛藤の原因にもなる。

一人の人間が、自分の天寿を全うして、生き抜くと言う事は、
かくも切なさを伴うものなのか???

ただただ楽しく楽天的に生きることができるなんて浅はかな望みは無いにしても、
つかの間の楽しさ、喜び、歓喜、感動、感激は、
やはり、なくてはならない至福のカンフル剤に違いない。

過てる価値観、「鵜呑み」をし、刷り込まれたイラショナルビリーフ。
論理療法で言うところのソレとは違う
時代、文化、環境等によって細胞レベルが、筋肉レベルが覚え込んだ記憶。
容易く簡単には、論駁出来ないその価値観は、
それこそが、その人そのものであり、その人自身であり、
その個人特有の人生を生き切ることに付きまとう
捨てられない、ぬぐい去れない、「固有の宝」かも知れない。
しかし、
「宝」は、時として、
どんな宝も、そこに縛りを内包している。
[PR]
by h-c-c | 2014-09-06 09:04 | Comments(0)

ヒトはこうして、、、鬱になるのか?

誰だって気分の落ち込むことはある。
厭になったり、煩わしく感じたり、、、。
凹んだり、哀しくなったり。。。。。
でも、
そんなんじゃない。
こんな感覚今まで一度も味わったことが無い。
身体の中から、重~くて、だる~くて、
気合いとか、精神論では太刀打ちできない感じの.....
脳の中の何かが違う。
脳内ホルモンが、私の思考や精神力の及ばないところで???

私たちは、今日、母をグループホームの施設に入所させた。
これ以上、同居による自宅介護を続けていると、
皆が壊れてしまうと言う結論に達したからだ。
それでも、
実際に、現実問題として、母をホームにお願いして、
家族みんなで引き上げる時の、あの感覚は。。。
なぜだろう???
なぜなんだろう???
私たちの中に、何が起こっているのだろう???

これは、本当に、
身内に認知症を抱えた自宅介護をした人でなければ
絶対に理解出来ない事だと思う。

母は、身体異常が殆ど無い。
身体的にはいたって健康だ。
だから、俳諧をする。
遠出をして、帰ってこれなくなる。
毎日毎日、色んなものを買ってくる。
お金を毎日たくさん使う。
交差点の真ん中に立って、動けなくなって、
四方八方の車を止めてしまう。
物は、絶対に捨てられない。
汚れた紙パンツも、使い捨てのはずのパッドも、
何もかもを、家中の何処彼処なく丸め込む。
他人の部屋に勝手に入って、私の引き出しの物でも動かしてしまう。
だから、
私たちは、毎日何度も同じものを捜さなければならなかった。

今日、そんな暮らしから解放されたはずなのに。。。
休みなく続く、緊張と苛立ちの介護生活から解放されたと感じたと同時に、
得体の知れない何かが、身体の中から湧き起こる。

人は、こうやって鬱になって行くのかも知れない・・・と、
今、感じている。

今日の、今夜の、今この瞬間のこの感覚を、
それでも無駄にはしたくなくて、
だから、こうしてコミュニティに書き込みをしてみた。

デ―サービスや、ショートステイとは確かに違う。
それでも、
母が戻りたいと言えば、いつでも迎えに行くつもりでいるのに。

何なんだろう???
この感覚は???

馬屋原 眞美子
[PR]
by h-c-c | 2014-09-05 22:24 | Comments(0)

消え行くもの…変わり行くもの…

今年の始め、その劇場でHCCのスタッフたちは「永遠のゼロ」を観た。
それから後も、私は何度か足を運び、その劇場に身を置いていた。

私が、生れて初めて「映画」というものに触れたのも、そこだった。

そこは、我が家からは小走りで一分も掛からない程の場所に在る。
若い頃も、それ以降も、
私は夕飯の片づけを終えると、エプロンの裾で手を拭きながら、
サンダル履きで、その映画館に駆け込んだものだ。

その映画館は、私が幼少の頃、一度火事で全焼した。
古い木造の映画館で、お客の火の不始末が原因だったと聞かされていた。
その火事は、今から五十年以上も昔のことであり、
まだまだ殆ど多くの家屋が木造の平屋建てだった時代だが、
私の家には、一部に二階建ての箇所が在り、
その二階のガラス窓が、
映画館の火事の熱風を受けて熱くなり変形して、
子ども心に、とても怖かったことを覚えている。

その映画館が、120余年の時代に役目を果たし、昨日遂に閉館した。
1892年、明治25年に芝居劇場として誕生し、
現在では複合型の映画館として、
様々に努力を試みながら運営されていたであろうその劇場を、
少なくとも近隣の者たちは愛用していた。
しかし、
時代の波は、何もかもに優しい訳でもなく、
便利性、効率、煩わしさからの回避…等々で、、、
人々は、劇場に足を運ぶことさえも疎ましく感じる時代になりつつある。

街が変わり、都市の形態も変化し続ける現代に於いて、
とりわけ地方都市は、
一時期の郊外住宅型、都市部への通勤スタイルが定着し、
店と住居の一体型から、
店舗のみへ、郊外住居から通勤してくるスタイルに移行した。
そのお陰で、街は徐々に空洞化し、
生活と仕事が分断されて行った・・・そんな経緯がある。

店が建ち並ぶ平地は空洞化し、空き家が増え、
一方に山を切り崩して開発を進めた団地が車社会を助長した。
海岸に埋め立てて広げて行く干拓は、
瀬戸内の豊かな海の幸の形態を、大きく狂わせた。

そして今また、
郊外型の不自由さから、
高齢化し過疎化が進む限界集落団地が目立ち始め、
団塊世代のリタイア組は、
次なる生活スタイルを模索し始めている。

消え行くもの、移り行くもの、、、。

私の中では、Myブームならぬ、
Myご自慢の一つだった、自宅のすぐ近所に在る「映画館」。
便利で、まるで私のために在るような映画館が閉じられた哀しみは、
なんだか心の隅っこにポカ~ンと穴が空いたみたいで、言葉にならない。
長い間・・・ありがとうございました。
あなたが居たことを、私は忘れない。  私は、決して忘れない。

馬屋原 眞美子
[PR]
by h-c-c | 2014-09-01 12:15 | Comments(0)

HCC Community Space
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30