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認知症の母と居ればこそ…の実感

日々の暮らし、連続の生活には、安らぎもあるが逃げ場のない現実もある。
朝から夜、寝付くまで。
認知症の母と伴に暮らす私の頭の片隅には、
仕事をしていようと、傍らに母が居無かろうと、
常に母の動向を気遣う緊張感がある。
それは、
想像を超えて、筆舌に尽くしがたい葛藤と苦悩の連続ではあるが、
片方でまた、
他では得難い体感的実感を伴う、深い気づきにも到らしめる。

人は何ゆえに周囲の評価を過剰に気にするのであろうか?
他者の視線、他者の評判に心乱されるのは何ゆえか?
幾ばくかの評価が、何になると言うのだろう。
いつの日にか、そんなものは分からなくなるのに・・・。

己自身が心底、自身の満足感を味わうこと無くして何の評価か?
真実の「主」、本来の「従」を見定め、それにつき従うこと。
「自我」を統治する「自己」を。
「心の声」に耳を澄ませながらも、心に操られない。
心を、さらに統御する生き方を。

自分が、今ここで、現在只今、名もなき者になろうとも、
それであっても、尚、
自分は存在する意味があったと思えてこそが、
生きぬく姿の目指すべきものであるだろうとの想いに到っている。
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母と伴に居る中で、
私は今、
改めての自分発見をしている。

認知症の母が居ればこそ、
私の中に生じて来る哀しみ、苦しみ。
それは、
時に切なく、時に虚しく、腹立たしく苛立ち、
湧き起こる怒りに、
胃がよじれるような痛みを伴う。

そうでありながら、一方では、
やさしさが湧きあがり、
あたたかく、柔らかく、緩やかに待てる私が居る。
様々に混在する「わたし」に出逢う。
千路に乱れる「自分」を見る、もう一人の「自分」。

・・・こうして、今日も一日が終わる。
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by h-c-c | 2014-05-18 20:31 | Comments(0)  

リフォーム工事って、大変!!

リフォーム工事って、想像をはるかに超えて大変です。
TVでやってるような、ビフォア―・アフター・・・みたいに、
当家の人は、仕上がりまで見ていなくて、
完成の家を見て…感激!!…なんて訳にはいきません。

リフォーム工事中の家に暮らしながら、住み続けて工事は進みます。
毎日毎日、うるさいったらありゃしない。
025.gif 008.gif 音も振動も半端ない!008.gif 002.gif
キッチン・リビングが中心だから、台所は現在無い!のです。
これは、メッチャ便利悪いです。
もっか状況的に、
家の中を外履きで歩く場所と、素足で歩く場所があるのですが、
認知症の母には、そのことが上手く理解出来ません。
昨日は、雨だったため、外履きは当然濡れてしまいます。
母は、そのまま部屋の中まで入って来ます。
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もはや、リフォームが大変!なんて言ってる場合じゃなくて、
母の監視と母のやらかしたことへの後始末に追われる毎日です。
それでも、仕事は待ってくれません。
受注仕事は、最小限に調整しながらも、前々からのモノは粛々と
消化させなければなりません。
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とにかく、これは、大変!!なのです。
もう、、、私が壊れそうなので、
昨日仕事を終了させてから、本人同伴の上、
家族みんなで、前々から見ていた施設を改めて見学に行きました。
ショートステイで、4-5日預かって貰うだけでも、
私たちは、皆で、心身ともに回復可能と思えるからです。

ケアマネージャーさんは、常々私の身体を心配してくださっていましたので、
今回の選択を喜んでくださっています。

妹???
この人は、この件からは逃げたままですから、全く当てにはなりません。
この現実は、とても悲しい現実です。
しかし、今のところ、これが事実です。
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by h-c-c | 2014-05-15 07:16 | Comments(0)  

遂にスタート!もっかグッジャグジャ!!

私の自宅は、ビル建築です。

そのため、
リフォーム工事に先立って外壁に足場を組みました。
私の家は、交差点の角に立地しています。

そのため、
足場を組むより前に、市とか警察、中でも交通課などには
事前の許可申請届が必要となります。
工事中には、ガードマンさんに常駐していただかねばなりません。

そのため、
リフォーム工事だけでもいい加減出費なのに、
別枠の出費が殊の外、かさ張ります。

五月八日、足場を組みました。
「断捨離」よろしく、ここぞとばかりに思い切り、
捨てて捨てて捨てまくっています…が…。

なんともまぁ~、出てくる出て来る…、湧き上がるように…、
古く懐かしい思い出の数々、品々…。

ところが、これを阻むものがあります。
おばあちゃんです!
おばあちゃんが、皆が思い切って捨てるべく分別したものを
わざわざ、拾ってくるのです。

そのため、
一度で済むはずの作業は、何度も何度も繰り返されることとなり、
家族皆のストレスは、半端なく上昇します。

そのため、
誰もが若干イライラ気味。
体力的にも、フラフラ状態。

まだ、始まったばかりなのに。

我が家は、もっか、家の中も、其々の頭の中も、
グッチャ、グチャ!なのです。

ただ・・・、
来月には、
生まれ変わったリフォームルームで生活できますから…。

今は、それを楽しみに、
夜は、毎晩家族で外食三昧???です。
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by h-c-c | 2014-05-09 21:48 | Comments(0)  

『学ぶ』ということ

智慧の深い人に出逢うと、その魅力に惹きつけられる。
智慧を深めるためには、
やはり多くの『学び』と『体験』が必要なことは言うまでも無い。
今の時代、
「学問」そのものが多くの人から縁遠くなっているのではないかと、
感じられてならない。
情報は溢れるほどある。
中途半端な詰め込み知識に頭でっかちな人は多い。
しかし、本当に思慮深く、智慧のある人となると・・・
そうそうお目にかかれない。

学問の目的について、
儒教では「五常」を説いた。
仁・義・礼・知・信である。
仏教では「学仏大悲心」として行学二道の重要性を謳った。

20年近く前のことになるが、
ロジャーズについて多くの学びの機会を求めていた私は、
京都でロジャーズ派を中心とした
仏教カウンセリングのセミナーに参加したことがある。
丁度、蓮如上人の生誕祭を兼ねて袈裟姿の方々も
多く参加されていたことを覚えている。

蓮如上人は言われたそうだ。
「若き時に仏法を嗜めよ。年老いれば行歩も叶わず、
学ぶに於いては、眠気に勝てない。」と。
要は、
大事な学問は、若い時から学びを始め深めて行くこと。
年老いると
思うように学びのために見聞きしに行くことさえも叶わなくなり、
何よりも、良く分からず、理解し難いため、すぐ居眠りをする。。。。
と、言うのである。

確かに!!! もっともだ!

今の時間を大事にし、心して学びの道を進みたいとしみじみ考える。
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by h-c-c | 2014-05-02 21:05 | Comments(0)