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本当はね…

東北被災地の現地に行って、現地の方々からの生の声を聴かせていただくと、
初めて分かってくることがあります。
マスコミが伝えている事なんて、本当にホンの一部だってことです。
マスコミなんて、同じことばかりを繰り返して伝えてるばかり。
しかも、何処に軸を置いて、
どっちを向いて、何を背に負って発信してるのか。
マスコミにしても、政府にしても、
結局、何処を見て行動してるのか、しようとしているのか。
国民も、被災者も、結局はいつも置き去り、後回し。
被災者同士間でも、見苦しく、哀しく、哀れな現実はたくさんあります。
権威者の在り方、精神科医、心療内科医、臨床心理士。
心のケアは、薬だけでは絶対にできません。
なのに…、「薬漬け」にされてしまう現状。
でもね、
やっぱ、ここには書けません。
書かないでいようと、今のところは決めています。
現地は、生々しく、日々刻々と季節も待ってはくれなくて、
現場は絶え間なく変化するのに。
そして、そこには決して美談ばかりはなく、
耳を覆いたくなるような事、
耳を疑うような事、
あぁ~、やっぱり…、そうなんだろうな、
と、感じるような事がたくさんありました。
ただね、
これだけは言っておきたいので、言っておきます。
そこに居るのは、苦しんでいるのは、悲しみに暮れているのは、
生きている『生身の「人間」』なのだ!ということ!を、です。
心が引き裂かれ、深い哀しみを抱え、
ともすれば、人生そのものに虚しさを感じて、生きる力が消えそうな時に、
本当に薬だけで治せると考えているのですか?!?
だとしたら、大馬鹿者です。
ホントに、残念で浅はかな、ド阿呆も、いいところです。
逆に、それが分かってて、そんなに薬をばら撒いて点数稼いで、
金儲けしてるとしたら、それは、犯罪者ではないかもしれないが、
罪悪人だ、極悪非道の…、人道的には許しがたい輩ですよ。
そんな人たちは。
ここに、切り込まなければ、地震で、津波で、折角助かった命を、
自らの手で断ち切るかもしれない人たちが今後必ず表面化してくることでしょう。
しかし、それもまた、覆い隠されるのかもしれませんが…。

馬屋原 眞美子
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by h-c-c | 2011-10-31 21:43 | Comments(0)

それでも天を恨まない

ご存知の方も多いことと思います。
被災後、さまざまな学校で、さまざまな形で行われた卒業式。
その中で…、
甚大な被害を受けた
気仙沼に在る、階上(はしかみ)中学校の卒業式で読み上げられた答辞です。
========
『階上中学校といえば「防災教育」』と言われ、
          内外から高く評価され、十分な訓練もしていた私達でした。
しかし、自然の猛威の前には人間の力はあまりにも無力で、
          私達から大切なものを容赦なく奪っていきました。
天が与えた試練と言うには惨すぎるものでした。
          辛くて、悔しくて、たまりません。
しかし、苦境にあっても天を恨まず、運命に耐え助け合って生きていくことが、
           これからの私達の使命です。』
                                    ========
と、読み上げたあの中学生の子供の胸の内。b0122085_20503279.jpg
全国の多くの人たちが涙したであろう、
子供心のけな気さと未来へ向かう誓いにも似た叫び。
子供が使命と言い切る、その誓いを支えるのは、
大人である私たちの使命であろうと考えています。
私も努めます。
だからどうか、このコミュニティを訪ねてくださるあなたも、
心の何処かに置き留め、覚えておいていてください。
家を失くし、拠り所を失くし、
父や母を亡くした多くの子供たちが、今、
まさにこの時を、懸命に生きようとしている事を、
忘れないでいましょう。
出来ることから一つずつ。
私たちにも、何かきっとあるはずですから…。

MaMiKo
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by h-c-c | 2011-10-30 20:40 | Comments(0)
古今東西、世の中には様々な考え方があり、優れた教えがある。
そうした中の一つに、「今、ここ」の考え方がある。
私たちは、過去のあの時でもなく
未来のいつかでもない、「今ここに生きている」とする考え方、
ここではない何処かでもなく、「今、ここを生きている」とする考え方。
それは、
今まさに、この場のこの時、この瞬間だけを、確かに実感しようとする姿勢だ。
過去の出来事を悔んだり、過去の誰かを恨んだり憎んだりするのでなく、
また、
来るか来ないか分からない不確かな未来を不安がり、必要以上に恐れたりしない。
「今、ここで」を生ききる生き方の薦め。
…、
しかし、本当にそれだけでいいのだろうか?
この度、目に映る何もかもを波に打ち砕かれ、海に呑み込まれた東北の被災地の
あの現場を目の当たりにして、
「今、ここ」だけの考え方、生き方には不十分さがあると感じ始めている。
b0122085_2173566.jpg
何も出来ない非力な私だ。
身体全身を、言葉にならない虚脱的な無力感が襲い、
今、ここでは、気だるいモヤモヤ感が私を包んでいる。
西日本からは、遥かに遠い東北の地に、私は心の一部を置いて来たような感覚を覚える。
私は、確かに今ここに居る。
しかし、同時に、今この時に、あの場には、
この度の被災で多くのものを失い、もぎ取られ、奪い去られながらも、
歯をくいしばり、涙を押し殺しながら黙々と
いまだに残る瓦礫を一つひとつ片付けている人たちが、
同じ日本の、この地に、同じこの時を生きている現実がある。
近づく厳しい冬を前に、
あの広く広く広がってしまった、誰も住む人の無い荒廃した被災の地には、
海から吹きつける冷たく荒々しい風が、
より一層、被災者の人たちの心身に忘れがたい悲しみを押しつけるだろうことを
想像するには難くない。
「今、ここで」生きながら、同時に、私たちは決して忘れてはならない。
「今、あの場で」生きている人たちのいることを。
同じ日本人として、同時代を生きる同国民として、
自身の個の悩みや葛藤だけに留まることなく、
否応なしに突きつけられた自然界からの猛威に立ち向かう
強く、逞しく、しなやかな、
しかして、弱く、哀しみを胸の奥に秘めて生き続けている
私たちの同士の在ることを、断じて忘れてはならない。

馬屋原 眞美子
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by h-c-c | 2011-10-28 20:53 | Comments(2)

体感は言葉を超えて…

福島を抜け、宮城県の仙台から松島―東松島―石巻から
三陸道―女川町から南三陸町~気仙沼…陸前高田。
気仙沼から船で渡った大島では、未だに続く地震を体験してきました。
そこには、テレビや新聞などの報道では伝えられない現実が、
「今、まさに」厳しくも温かく、虚しくも逞しく、刻々と刻まれていました。

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そこに立ち降り、足をその大地に踏み立たせると、
周囲360度ぐるりを包む景色が、
引き裂かれ、
えぐり取られた人の営みの息づき痕となって、
私の身体を締め付け、心を胸を押しつぶします。
体感は、言葉を超えます。
言葉に尽くせません。



あの日から、ずっと、来る日も来る日も、一つひとつの瓦礫を手さぐりで払いのけながら、
現地の人たちは、
遺された命、守られた命と共に、生きることを続け、生活を繋ぐことに、ただ黙々と淡々と…。

目に映る景色は、「酷い」「無惨」ではあるけれど、
そこには、
今、この時を、
熱く懸命に生き続ける人たちの「逞しさ」「明るさ」「希望」が、確かに有りました。
それにしても、ここ広島県の福山市から東北の地は、正直、遠かったです。
現地の人たちから、報道では語られない、
生々しい声をたくさん聴いて来ました。
機会があれば、お伝えしたいと思っていますが、
あまりにも現地での衝撃が大き過ぎた私にとって、
すぐには、言葉になりません。

馬屋原 眞美子
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by h-c-c | 2011-10-26 22:03 | Comments(1)
今にも雨が降り出しそうな雲行き。
私は、今日一日の仕事を終えたら、
19:31発の「のぞみ62号」に乗り込んで
~~~経由で、
ちょっとばかし遠出してきます。
お土産話を楽しみにしていてください。

MaMiKo
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by h-c-c | 2011-10-21 16:34 | Comments(0)
私は学者じゃない。
研究家でもない。
データ集めて論文書く暇がったら、やっぱり現場に出ていたい。
生々しく、今ここに、確かに生きて生活している人たちに触れていたい。
自分の非力さや、無能さを見せつけられて辛くもなるけれど、
それでも、やっぱり、現場が好き。
自分の到らなさに頭を打ち、悩み、苦しむ。
自分のことを情けなく感じ、自分に対して悔しくもなる。
それでも、やっぱり、現場が好き。
私をここまで育ててくれたのは、現場で直面した数え切れない事例に他ならない。
何度も何度も逃げ出したくなったことがある。
止めようかと迷ったこともある。
それでも、
目の前のクライアントさんの「自分の人生を自分として生きて行きたい!」との
姿、願い、姿勢、訴え、…その想いに逆に後押しされながら、
ここまで来た。
皆、みんな、自分を生きたいのだ。
生きたくて、生きるために、「生きよう」ともがいているのだ。
誰もが、それは同じだ。
だから、やっぱり、現場が好き。
悩みや、悲しみや、苦しみは、確かに深いけれど、
一つひとつ見つけていける歓びがある。
感激があり、感動がある。
生きているからこそ、見つけていける「自分自身」の本質に、
少しずつ少しずつ近づいて行くその過程を、
そこに共に居ることによって、ほんの少しだけお手伝いする。
現場では、生々しく変化変容していく過程がつぶさに目撃できる。
製造現場だって、接客現場だって、工事現場だって、み~んな、そう。
青島刑事も言ってましたよね。
「事件は、会議室で起きてるんじゃない。事件は、現場で起きてるんだ。」って。
現場が、一番人を育ててくれる。…そんな気がする。
だって、現場って、ホント、相手次第でコロコロ変わるんだもの。
毎日、毎回、違うんだもの。
昨日の続き…なんて、…一つもないんだから…。

馬屋原 眞美子
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by h-c-c | 2011-10-18 21:06 | Comments(1)

南極大陸

決してTBS局の廻し者ではないのですが、…良かった、ですね。
素直に、熱い涙を流しました。
構成や、演出、木村君の演技力などにイチャモンつける人たちはいらっしゃいますが、
そんなことより、あの時代を生き抜いた私たちの先人が居た事実を、
大事に素直に感謝し、誇りに感じたいと思います。
TBS開局60周年記念番組として日曜劇場で放映された
実話から起こされた民放の大河ドラマとも言われる番組の話です。
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舞台となる時代背景は、昭和30年代始めの頃。
無条件降伏で降参し、「負け犬」と勝利した諸外国から罵られ、「貧乏国」と揶揄され、
敗戦による悔しさと情けなさ、信ずるものを失いかけ、屈辱感を大きく引きずりながら、
それでも、日々の衣食住に追われ、目の前の生活苦から這い上がろうと、
日本中の誰もが、必死で生きていた、あの時代、
まさに日本全土が「復興」に向けて働き続けていた、あの時代です。
戦後10年、日本が初めて一つになった一大プロジェクト「南極観測」。
その実話に基づくものです。 (この時も、政府は動かず、否定的な態度でした)
・・・そして、
私たちはその延長線上に、「今」生きています。
南極へ向かう砕氷船「宗谷」。
「宗谷」は日本海軍特務艦として任務を終え、
そうでなくても資源の少ない、しかも敗戦で何もかも失くした日本において、
南極に向かうに当たって、補修再生可能出来るには、唯一生き残った軍艦でした。
その「宗谷」は、戦艦大和を生んだと同じ、この瀬戸内海のドックで再生します。
時代と歴史の波の中で、既に合併されJFEと呼称を変えた
先のNK、そうですあの日本鋼管で、宗谷は再生されました。
たくさんの、それは それは、たくさんの、心熱き男たちによって、
技師と云うよりは、職人たちの手によって再生されて行ったのです。
そして、それを支え、突き動かしたのは幼い子供や、技術も何も持たない女たちの、
何より熱い想いでした。
それは、何もかも失ったかに見えたこの国に、
さりとて、この国に生き、この国の国民として生き続けて行こうとする時、
日本人の誰もが自分の魂の奥底に、
もう一度誇りを取り戻したかった其々が持つ自らの「力」にほかなりません。
そして、その「力」を持っていたのです。
全てを失ったわけではなかったのです。
一番大事な生きる力を、
日本人の多くが、「信じたい」「信じよう」「もう一度」の、この力が残っていたのです。
夢をみる力。
夢を諦めない力。
それが、人を動かし、時代を変えて行くことを証明してくれた私たちの先人の姿です。

来週も続きます。
是非、観てください。
素直に観てください。
あの時代を、いいえ、どんな時代にも、それを切り開いて行ったのは、
名もない多くの人たちであった事を知って、覚えて、生きて行きたいものです。

馬屋原 眞美子

以下に木村拓哉君と、香川照之さんの、撮影を終えた直後のインタビューを載せています。
良かったら、併せてご覧ください。

[木村拓哉さんへ]
最後に、視聴者のみなさまへメッセージをお願いします。

10月16日よる9時。日曜劇場という扉が開き、『 南極大陸 』 をみなさまの手元へ届けることができることをうれしく思います。一歩一歩積み重ねてきた結果を見ていただけると考えただけでドキドキしています。ご覧いただいて、何かを感じて欲しいとか、何かを行動して欲しいとか、そういうことではありません。ただ、この作品が何かしらの力になれたらと、人生を歩んでいく中でプラスに働く部分があればと願っています。僕自身、この作品に参加させていただいて、戦争と復興を経験し、激動の昭和を生き抜いてこられた方々を無条件に尊敬しますし、今の子供たちには 「 夢 」 を持つきっかけを与えられたらと感じました。『 南極大陸 』 を是非、ご覧ください。


[香川照之さんへ]
『 南極大陸 』 のテーマのひとつ、夢を追う男たちについてどう思いますか?

誰もが嫌がること・背けたくなること・誰もやっていないことに踏み込んで引っ張っていくこと。それは男のやるべきことだと思っています。そして、それを次の世代に渡すことが男の使命。このドラマが掲げているメッセージは、男なら誰しもが備わっている感情だと思いますので、現代は草食系男子などと言いますが、男性が女性的になる時代は終わりであって欲しいなと。前に進まなければならないと思います。

最後に、視聴者のみなさまへメッセージをお願いします。

星野英太郎という名の京大教授を演じている香川と申します。『 南極大陸 』 は、初めて南極に1年間越冬した男たち、それを支えた家族たち、友人たちを描いた、実話に基づいた物語です。
先の震災で日本がこういう状況にあり、『 南極大陸 』 がよりメッセージ性を持つものとなりました。
3月11日よりも前から、僕らは『 南極大陸 』 にむけて出航していたわけですが、“日本の復興” というテーマが偶然にも重なりました。人々が頑張る姿、助け合う姿、今後の日本のあるべき姿を一人でも多くの方に見ていただき、何かヒントを与えられたら幸いです。フィクションを越え、ドキュメンタリ作品のような映像になっています。キャスト・スタッフの全員が、本当に真剣に作品に向かい合いました。ぜひご覧ください。

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by h-c-c | 2011-10-17 11:28 | Comments(0)
ドビュッシーのノクターンをBGMに、今、独り、ここに居る。
悲しみが溢れてくる。
寂しさが流れ出る。
……
今日、一週間の企画展が終わった。
作家は、私が尊敬する人の一人で、私の先生だ。
展覧会が終わって、搬出し、後片付けを終えて、
こんなにも寂しい気持ちが湧き起こったのは、
長年ギャラリーの仕事をしてきたが、
もしかしたら初めてかもしれない。
胸が張り裂けそうに苦しくて辛い。
先生の展覧会は、恐らく今回で最後になるだろう…。
先生は、今回の展覧会に向けて新作を2年間かけて描き上げた。
そして、夏に倒れた。
もう、絵は描けないかもしれない。
枝が枯れ、枝先まで養分が届かなくなって葉は枯渇し、やがて散り落ちる。
静かに静かに人は、その時を迎える。

大勢の方々が鑑賞のために、ギャラリーに足を運んでくださいました。
「ありがとうございました。」

しかし、皆若い。
70代の人も、80代の人も、
無論、50、40、30代の人たちはなおのこと、若い。
話していることが、語るその内容が、とても若い。
私が、年寄り過ぎるのだろうか。
人と話をすることが、こんなにも虚しかったことも…
空ろに感じられたことも…初めてかもしれない。

浅い。薄い。上っ面。深まらない。
ことばを続ける気力がなくなる。

もちろん、どんな人にも其々に語り切れない人生があり、
苦労も、葛藤も有ったには違いない。
苦労なんて、誰にでもある。
苦労しない人なんて、悩みの無い人なんて、一人もいやしない。
そんなの、当たり前だ。
その苦労を、悲しみを、怒りを、どれだけ自分の糧にして、
人としての奥深さ、大きさ、魅力に育て変えたのか。
ここが、ない。
80歳になったら、人間が出来る訳じゃない。

先生が、大好きだ。
先生みたいな人が、あんな生き方が好きだ。
先生が、私の先生であった事は、
父が、私の父であった事の次に、幸せなことだったと…、
…涙が止まらない。
先生、ありがとう。

馬屋原 眞美子
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by h-c-c | 2011-10-16 20:12 | Comments(0)

…満足~~~…

ここのとこ、我慢してたことがあります。
ケーキです。
001.gifでもね、ふふふ…、001.gif
今日、043.gif食べちゃいました043.gif

b0122085_214213.jpgあああああ~~~~~、
ホントに…、し・あ・わ・せ!!~~
美味しかったなぁ~~とっても…。
ケーキと紅茶を囲んで、
おしゃべりしながら…んんん・・・
し・あ・わ・せ、感じちゃいました。
やっぱし、我慢はいけません ねっ。
我慢なんて、そんなものは、続きませんから。
ケーキは、
010.gif人を優しい気持ちにさせてくれますね。
美味しかったです。
ご馳走様でした。
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by h-c-c | 2011-10-15 21:49 | Comments(0)
ここ短期間のうちにやってしまわなければなら事が、とにかくたくさんある。
どうでもいいこと、どっちでもいいことは、この際後回し。
子育ては、それなりに終わったものの、
家の中の用事は、毎日のように湧いてくる。
地域、ご近所の努めもある。
芸術の秋は、やはり業界的にも仕事量は増える。
あちこちから茶会のお誘いも受ける。
展覧会への招待もある。
当然ながら、私のギャラリーでも毎週のように展覧会が入れ替わる。
その前後の準備は、ずっとある。
カウンセリングの仕事は、コンスタントに年中スケジュールが詰まっている。
そして、今月末には、いよいよ東北に入る日を迎える。
阪神淡路の時と違って、やはり、ここから東北は遠い。
距離がありすぎる。
確かに、物理的に遠いことが、精神的に遠いことではないが、
まず、東京まで一旦出て、東北新幹線に乗り換えなければならないし、
何と言っても、この度の被災地域の大きさは、広大だ。
想いと祈りが重なり合って、遂に行動化となる。
私にとっては、その為に7カ月以上の時間が必要だった。
出来ることには限りがある。
まずは、一個ずつ、一個ずつ、片付けて…。
一個ずつ、一個ずつ、目の前の出来ることから済ませて行く。
ただ、それだけ…。
朝が来る。夜になる。また朝が巡る。
兎にも角にも、「一個ずつ、一個ずつ片付けて…。」
…口ずさみながら、歌いなが…そうしている。
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by h-c-c | 2011-10-14 07:44 | Comments(0)

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