HCC コミュニティ ひろば

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長らくの出張でした。

20日~21、22、の三日間大阪。

そのまま名古屋へ移動して、次の23、24、の二日間東京でした。

スケジュールいっぱいで、殆ど会議室、研修室に缶詰状態。

とにかく、疲れました、、、)))、、、

ただ、暖かでした。 とても大寒とは感じられない暖かさでした。

特に東京は異常な暖かさで、外を歩いていると汗ばむ程でした。

内容については、また、おいおいに・・・。

お知らせしたいと思っています。

お楽しみに!!
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by h-c-c | 2010-01-25 11:32 | Comments(0)
地球温暖化。 北半球の寒波。
やっぱ、大寒です。  寒さが、冷え方が、違います。
平成生まれの成人式。
チェンジ!変革!政権交代!
世の中、何もかもが、掛け声も含めて激しく変わろうとしています。
良いか、悪いかは、別としても、変化し続けるこの世の仕組みの中で、
あえて、急激に変えて行こうとする人工的なこの変化。
なンか、もぅ…、ついて行けない・・・って感じ・・・。
激安、激安って・・・なに!?  安きゃいいってもんじゃないでしょ!
あらゆる分野で、格差は、ますます広がるばかり。
経済だけじゃない、目に見えない、形に現れにくいもの。
それは、知性、知識、資格、肩書きなんかじゃなくて、
取り出して見せられるものじゃないけど、本当に大事な内面から滲むもの。
そう・・・、精神性、志、品性、徳分、、、、などと呼ばれる類(たぐい)のもの。
恥を知らない、天下り(?)とやらのタカリ根性。
経済社会で与えられる金銭の授受は、労働への対価として、であるはず。
働きもしないでの、過分な報酬は、もはや盗人根性。
天下り??? 誰が言い始めたの? あんな言葉。
「タカリのピンはね集団」って、呼び名を変えて欲しい。
労働を見くびったり、あざ笑ったりする輩(やから)。
これら人間性の品位の分野も、さらに格差が広がっていきそうな・・・そんな予感がしています。
季節は、厳しい大寒ですが、心は温かく、柔らかく行きたいものです。
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by h-c-c | 2010-01-12 23:56 | Comments(0)

ケーキでハッピー

あま~~い、甘いケーキと新しいハーブティ―。

ティ―タイムに、ゆっくりと流れる時間。

おしゃべりとBGM。

おいしいケーキと優しい香りのハーブティ―。

・・・ことばは、もはや要りません。

ついつい顔も、ほころびます。

本当に幸せを感じる、ハッピーなハッピーなひと時です。

私は、お酒も好きですが、それよりもっと甘いケーキが好きみたいです。

おいしい食べ物は、理屈抜きで人を幸せにするんですよね。

結局は、幸せになること。

ハッピーだなぁ~・・・って、感じること。

これに尽きるみたいです。^^、、、

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by h-c-c | 2010-01-11 14:23 | Comments(1)
2010年の活動、本日より本格的に開始しました。

スペース甦謳る(SOUL)全館、

ギャラリー部門、喫茶団欒のサロン部門、カウンセリングのセルフ部門、

スリースペース完全活動開始です。

世の中、色々ありそうですが、

今年も、顔を真っ直ぐに上げて、前を見据えて明るくやっていきま~す。

ですので・・・ヨ・ロ・シ・ク・・・・おねがいします。

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by h-c-c | 2010-01-09 17:29 | Comments(0)
今日から、カウンセリングにおける私の仕事が始まりました。

今年初の仕事は、

福山市社会福祉協議会主催の「傾聴ボランティア養成講座」。

傾聴専門のボランティア員養成のための2時間講義でした。

現代という時代性の中で必要とされる「傾聴」の重要性。

それは、テクニックではなく、「態度」「人としての在り方」そのものにかかわることだと、

私としては、常々考えているのですが、・・・うまく伝わったでしょうか???

カウンセリングセンターに戻ってからは、

既に予約の決まっていた個人カウンセリングを行いました。

若い若い、本当に柳の新芽のようなクライアントさんでした。

みんな、皆、自分の人生を一生懸命生きている。

迷いながら、足踏みしながら、生きたいのだ。

理屈じゃない。

とにかく、皆、自分を生き抜いて生きたいのだ。


その、けな気さが、胸を打つ。 その、一途さに頭が下がる。

カウンセリングの度に、いつもいつもたくさんのことを教えられ、学ばせてもらえます。


暦の上では、寒の入りを迎え、寒さは凍てつく感じの昨日までの外気。

そんな中、今日は幾分穏やかで、日中は、気持ち暖かな感じさえしました。

仕事始めには、最適の一日だったことに感謝して、

今年も、一つ一つの仕事を大事に丁寧に行って行きたいと誓った一日でした。

HCC:馬屋原眞美子

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by h-c-c | 2010-01-08 22:03 | Comments(0)

一月七日と七草粥

食っちゃ寝、喰っちゃ寝を繰り返した、何とも幸せなお正月を終えて、
今日は、それから七日目の日。
七草粥…、召し上がりましたか?
一般的な七草は、鎌倉時代の古歌
「芹、なずな、御形、はこべら、仏の座、菘、すずしろ、これや七草」に由来しています。
その起源は、中国伝来の行事の一つと言われていて、
七種類の穀物で作ったお粥であったと伝えられています。
我が国に取り入れられ、春の七草のお粥になったのは平安時代のことです。
その後庶民の間にも広まり、無病息災を願う正月から七日目の定例行事となりました。
。。。。。。。

そんなわけで、私の誕生日は、いつも野草の「七草粥」です。
我が家では、この日にお飾りの鏡餅を切り、薄い御出汁に薄塩で味付けした七草粥に、
小さく切った鏡餅を加えていただきます。
夜になってまた、お友達や、息子たちから、プレゼント、ケーキ、お花が届きました。
一月七日という日は、子供のころの私にとっては、冬休み最後の日で、
三学期始業式の前日、山のように溜まった宿題との格闘に涙し、
クリスマスとお年玉のすぐ後なので、派手なプレゼントも祝いもなく、
大したご馳走も何もない、ただの誕生日で、とても嫌いな日でした。

・・・それも、今は、懐かしい思い出です。
まみこ
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by h-c-c | 2010-01-07 20:47 | Comments(0)

戦艦「大和」

ついに また 一つ 歳を 増やしてしまいました。
      んんんん~…、本当は、とても有難いことなんですが…。

      ・・・何と言っても、もう歳が歳ですから・・・^^

でも、だからこそ、目出度いのだと言って、

昨日、一日早い、誕生日会を、家族みんなが祝ってくれました。

サプライズ!!でした。  感激!!でした。

今日も、今日とて、お友達がバ―スデ―ブーケを届けてくれました。

これまた、大感激!!

さまざまな人たちからの愛情をいっぱいに頂いて、今日の私がここに居ます。

戦艦「大和」は、沈んでいない。

確かに姿は見えなくなったが、その想い、志は生きている。

私たちは、死なないのかもしれない。 し、死ねないのかもしれない。

ただ、記憶からは消えていくかもしれないが・・・。

目に映るもの、耳に聞こえるものだけが、全てではない。

本当に大切なもの、本来の実体は、その姿を消して尚、

生き続けている「大和」からも、垣間見ることができる。

HCC:馬屋原 眞美子

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by h-c-c | 2010-01-07 18:07 | Comments(1)

戦艦「大和」

お正月休みで帰郷していた家族が、一人、一人、

いつもの日常のために、其々の持ち場に帰って行きました。

我が家もまた、繰り返されるありふれた日常に、落ち着きを取り戻し始めています。


さてさて、

実際、世界一の戦艦であったにも拘らず、

その本領を発揮することなく沈んでしまった「大和」ではありましたが、

「大和」が、世界的にも誰もが認める最高の技術を集結した造船日本の誇れるべき

存在であったことは、紛れもない事実でした。

そして、その「大和」のために結集された、当時の奇蹟的に優れた技術こそが、

現代の「技術立国日本」の大きな礎となっているのです。

悪夢のような、しかして確かに踏み越えてしまった「戦争」。

その「戦争」のためには、武力として役立つことのできなかった「大和」ですが、

「大和」に注がれた科学力、技術力は、今、宇宙開発を始め自動車、飛行機、新幹線、

あらゆる分野に引き継がれ、生かされ、変化、進歩し続けています。

敗戦によって日本が選んだ道は、「平和貢献」と言う人類としては、

この上もなく尊く、気高い道でした。

それが、仮に、否応なく、宛がわれた道であったとしても、です。

最終的にその選択肢に「イエス」を下し、従い、選んだ事実は、誇れるべきことだと、

私としては考えています。

日本の戦後復興を支えた生産技術こそが、ほかならぬ戦艦「大和」が遺した

ものづくりのシステムであり、それが日本の驚異的な復興と高度成長を支えてきたのです。

戦艦「大和」には、ものづくりの視点で学ぶべきたくさんのことが凝縮されていると言われています。

戦争は、悲惨で残酷で、どのように正当化しようとも許されるべきことではありませんが、

戦時下において人間が大きく飛躍成長することも、皮肉なことながら、

現実的にはその裏面に含んでいることも、これまた事実です。

カウンセリングや心理学が、より実践的に活用され具体的に進歩したのも、

これまたアメリカにおいての戦争、戦闘訓練の場面においてでした。

戦時体制下において、いかに早く正確に設計通り品質を落とさず戦艦を完成させるか。

そのために多くの知恵や技術が集結され、生産工程に対応させる工場設備、環境配備、

適切な配置、適材適所の体制、合理的な生産管理、などなど…。

こうした目に見えないノウハウやシステムは、

現代の日本の技術、製造現場に受け継がれ、それをベースに進化を続けているのです。

日本の選んだ「平和」への道。  その「未来」のために。

今、「大和」の技術、「大和」心は、JAXAの宇宙探査としてはるか宇宙に向けて、

地球深部探査船「ちきゅう」としては、海底地面から地中奥深くコアへ向けて、

生き生きと生き続けています。

個人のレベルにおいても、社会、時代という人類史のレベルにおいても、

起こってしまったこと、過ぎてしまったことは、確かにそれとして受け止めつつも、

私たちは、常にそれらを 『含んで越えて生きて行く』 ことを旨としたいものです。

この新たな年を、また一歩進むにあたり、今日までのすべてのことに感謝しつつ

『含んで越えて』生きて行こうと、

明日(一月七日)、また一つ歳を取る私は、心しています。

HCC:馬屋原 眞美子

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by h-c-c | 2010-01-06 23:13 | Comments(0)

戦艦「大和」

呉市海事歴史科学館「大和ミュージアム」に行ってきました。

「坂の上の雲」「龍馬伝」…。
。。。。。。。。。。。

政権交代の日本において、はたまた世界各国においても、

政治、経済、環境と……、人間は、もはや人間としてだけではなく、

人類としての視点をも含み持ちながら、新たな仕組み、システム、価値観を、

構築しなければならない転換期に否応なしに追い込まれているように感じているのは、

私だけではないことでしょう。

そうした現代に、今改めての、あの混乱期の幕末、明治。

日清、日露から日本海海戦。

戦時体制に押し流して行ったあの時代背景に隠されていたもの。

第二次世界大戦、戦線の拡大と戦局の転換、戦線の後退。

比類なき莫大な犠牲のもとに迎えた終戦の傷は、多くの国民や子供たちに

失望感と幻滅と、信じることの不条理さという言葉に尽くしがたい、

今で言うところのPTSDを植え付けた…はず・・・?

しかし、人々は泣いてなんかいなかった。

私は、女の子であるにもかかわらず、子供の頃から父によって

戦艦「大和」の話や先の第二次世界大戦の話を幾度となく聞かせれて育った。

子供心に、当時軍事下にあった父たち男の子は、あの戦艦「大和」がある限り

日本は絶対に負けない!!と、信じ切っていたと言っていた。

しかし、当時あらゆる技術を駆使し、世界最高峰の技術の集結作とされた

その戦艦「大和」は、殆どその力を発揮する前に沈められてしまう。

それどころか、戦局の悪化の下、

人間魚雷のように、生還を期することのできないことを覚悟の上で、

若干二十歳そこそこの特攻兵たちは、「大和」から出撃して行ったのだ。

それは、今の私の息子たちよりも、さらに幼い命だったのに。

===進歩のない者は決して勝たない 負けて目覚めることが最上の道だ

     日本は進歩ということを軽んじ過ぎた

     私的な潔癖や徳義にこだわって 本当の進歩を忘れていた

     敗れて目覚める それ以外にどうして日本が救われるか

     今目覚めずしていつ救われるか 俺たちはその先導になるのだ
    
     日本の新生に先がけて散る まさに本望じゃないか
===
臼渕 磐 大尉 の言葉です

 年の初めに、私は呉で、泣いて、泣いて、帰ってきました。

 過去の歴史の事実と、現実の今、そしてここから繋がる未来へと・・・。

 私は、まぎれもなく「今、ここ」に生きています。

私たちは、何を受け継ぎ、何を繋ぎ、何を遺して行こうとしているのでしょうか…。

  つ づ き ・・・ は、 また・・・  馬屋原眞美子

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by h-c-c | 2010-01-05 18:33 | Comments(0)
良いお正月を お過ごしになられたことと思います。

私だけかもしれませんが、毎年毎年、お正月の度に感じていることがあります。

それは、

お正月三賀日の時間が、なぜだか、とてつもなく長く感じられるということです。

年越しを祝い、新年の祝辞を交わし、お屠蘇を酌み交わし、初詣に出向き、

お雑煮を頂いて、お墓参りから戻り、

おせち料理に箸を運びながら…それから延々と…、

吞む、飲む、飲む…、ウダウダと食べる食べる…、喋る、語る、しゃべる・・・。

笑う、うたう、歌う、謳う、詠う…。

間、銘々勝手にお風呂に入ったり、横になったりしながらも…、

更に延々…吞む、食べる、くっちゃべる、飲む、語る、また食べる…。

そのあげく…、「今日、何日だっけ?」

「エエッ?!まだ、三日???」

この調子で、一年間の時間感覚が過ぎれば、

一年はとても長くて、たっぷりの、お得感も感じられるはずなのに…。

なぜだか、ある頃から急に時間が急ぎ足になるのです。

夏が行き、秋も深まる十月後半頃ともなれば、

それはもう、あれよあれよという間に、またも年越しの暮れを迎えてしまいます。

これは、私の自己中的な感覚の為せる技でしょうか?

私だけが感じている特殊な時間感覚なのでしょうか?

分かんないですが、

確かに一日は24時間で、それは誰にも等しくて、どこに居ても同じはずなのに、

頭では、理屈では、十分理解しているはずなのに、

感覚では、やたらめったら違うのです。

理屈、理論だけでは、どうにも解明しきれない感覚の問題。

分かっちゃいるのに…!!!
            …だって、そう感じちゃうんだもん…。って、ことですよね。

こんな調子ですが・・・、「今年も よろしくお願い いたします」

                            馬屋原 眞美子

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by h-c-c | 2010-01-03 12:13 | Comments(2)

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