コンセンサスリアリティの罠

ある一つの物事は、多様な側面を持っている。
視点が変わり、立場が変り、時代が、文化が違ってくれば、
その一つの「こと」も見え方が変わる。

集団の中で生きていくうちに、私たちは無意識のうちに暗黙の了解に従っている。

問いかければ多くの人は答える・・・、
「私にはよく分からないですけど・・・、」
「難しい問題ですよね・・・、」などと。。。

無意識に働き続けている自分自身の集団への忠誠心が、
実態から眼をそらさせ、違和感を感じているにもかかわらず、
不確かながらも慣れ親しんだ安穏とした状況下で、自己防衛を続ける。

罠にはまってはならないし、罠にはまり続けることに甘んじてはならない。
コンセンサスリアリティとは、ある種の特異な価値観であり、視野を狭めるものである。

コンセンサスリアリティの存在意義は、
社会生活と言うある一定の枠組みの中で、秩序を保ち、
互いが安心して生活を営む上では、
守られることの望まれる場面が多いことも確かではあるとしても。。。

それでも、
この無意識のコンセンサスに縛られている限り、「真実」からは遠のき、
人間の本来は何たるかに近づくことに、自らが距離を置くことと成りはしないだろうか。


自我を高め、自身の内の声と語り、目覚めない限り、「TAO」に触れることは出来ない。

自分の命を生きるということは、自分に繋がるあらゆる命を慈しみながら
真なる自身の声を信頼して生きることではないかと考えている。
そこには、勇気が求められる。




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by h-c-c | 2017-11-08 15:13 | Comments(0)

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